幻想の街13
 生徒会を終えて帰宅すると、美幸が夕食を用意して待っていてくれる。食事をしながら学校の出来事を話すのがここへきてからの日課になった。その日、あたしが包み隠さずカズ先輩とのいきさつを話すと、美幸はゆっくりと大きな息を吐いた。
「 ―― カズ君は、以前に一二三の顔を見ていたとは言わなかったんだね。最初に見たのが部長室だ、って言ってたってことは」
 美幸は以前に1度だけ、河合先輩の家でカズ先輩と顔を合わせたことがある。6年前に小学生だったカズ先輩は、美幸の中では未だにカズ君と呼ぶにふさわしい子供なのだろう。
「でも、ミチル先輩も同じなの、あたしを見て大河を思い出さないのは。今までの宿主なら思い出そうとする仕草くらいはしたのに」
「大河が記憶を消したのならそれも不思議ではないよ。もともとその能力を持っていた大河が、なにかのきっかけで自分の能力に気づいたのかもしれない。あと10日もすればどちらが宿主なのかは判るんだ。彼らの種はまだ35月目だし、焦ることはないよ」
 でも祥吾の例もある。もしも祥吾の種が成熟した原因が彼自身にあったとして、同じ要因をあの2人が持っていたとしたら、37月目を待たずに種の狂気が目覚める可能性だってあるんだ。あたしは河合先輩の家族をこんなことに巻き込みたくない。河合先輩は2人のことを本当にかわいがっていて、カズ先輩もミチル先輩も河合先輩のことが大好きなんだから。
「やっぱり2人同時に監視するのは一二三には無理だ。もしもミチルちゃんが宿主なら、そのときは僕が回収を引き受けるよ」
 ここへ来てからの美幸はずっと落ち着きがない。きっと住む場所にここを選んだのも、美幸にとってはギリギリの妥協だったんだ。だから、美幸がそう言葉にするのにどれだけ勇気が必要だったか、あたしには判る。これ以上美幸に負担はかけられない。
「ありがとう。でも、あたし1人で大丈夫だから。カズ先輩と付き合っていれば、当日ミチル先輩に相談を持ちかけることもできるし」
 このとき美幸が言いかけて飲み込んだ言葉があたしには想像できる。こんなにたいへんな事態になっても、美幸はもう、宿主を殺そうとは言わないだろう。たとえ15歳の心の名残りがカズ先輩に惹かれていたとしても、21歳のあたしは美幸を愛しいと思う。あたしは美幸に肉体を変えさせられた。でも、美幸もあたしのために、自分が変化することを受け入れてくれたのだから。
「美幸はここで待ってて。あたし1人でもちゃんと種を回収して、必ず美幸のところへ戻ってくるよ」
 美幸が抱えるいろいろな心配事をすべて吹き飛ばしたくてそう言ったあたしに、美幸は、少し疲れたような表情で微笑んだ。