幻想の街12
 カズ先輩は渡り廊下まで来ると、上履きのまま下へ降りて校舎の裏手まで歩いていった。手を引かれたままのあたしも仕方なくついていく。そろそろ昼休みは終わりかけていたから、ふだんは人の通りが多いそのあたりも今は誰もいなかった。
「秋葉さん、驚かせてごめん。だけど、外野から伝わるだけなのは我慢できなかったから。……オレ、君のことが好きです」
 とつぜんの展開で、あたしはすぐに声を出すことができなかった。この顔になってから男子に告白される機会が増えて、あたし自身もこういうシチュエーションには慣れてるつもりだった。でも今の状況ではそんなに簡単に答えられない。カズ先輩が宿主なら返事は決まっていたけれど、もしもミチル先輩の方だったら、カズ先輩と付き合うことでミチル先輩との距離が離れてしまうかもしれないから。
「とつぜんこんなことを言われてもすぐに答えることなんてできないよね。まだ知り合ってから何日も経ってない訳だし。でもオレは、最初に部長室で君を見たときからずっと君に恋してる。できることなら、君と付き合いたいと思ってる」
 河合先輩に似た声としゃべり方で、真剣な目をしたカズ先輩が続ける。……どうしてなのか判らなかった。知らず知らずのうちに、あたしの目に涙があふれてきたんだ。
「初めてなんだこんな気持ち。教室にいても君のことしか考えられなくて。……ちょっ、ごめん! 頼むから泣かないで!」
 血管にまみれたカズ先輩の顔。今は上気しているせいか、ふだんよりもずっと血の色が目立って見えた。 ―― 違う、あたしは、カズ先輩にはぜんぜんふさわしくなんかない。先輩にふさわしい女の子はほかにたくさんいるけど、あたしだけは違うんだ。
 どうして吸血鬼は人間を惹きつける容姿を持っているの? ……答えは判ってる。これは吸血鬼が人間の血という食料を効率よく得るための擬態なんだ。でもあたしはカズ先輩がこの容姿に惹かれているのが苦しかった。もっとあたし自身を、本当のあたしを好きになってもらいたくて ――
  ―― 苦しいのは、あたしがカズ先輩に惹かれているからだ。河合先輩に似たカズ先輩に。……あたしだって、カズ先輩と同じだ。
「……あたし、前に、失恋したことがあって。……その人が、カズ先輩に似ているんです。だから ―― 」
「身代わりにしちゃいそう? ……オレは別に、それでもかまわないけど」
 そう言って優しく抱き寄せてくれたカズ先輩の胸で泣いたあたしは、この瞬間だけ美幸のことを忘れていた。