幻想の街6
 月の表面を光が支配するのは満月からおよそ1週間。だから通学が始まるまでの間も、あたしは毎日2人を尾行し続けていた。2人はほかの学生よりはずいぶん早く家を出て、徒歩15分ほどの高校へ通って、ほぼ毎日同じ時刻に並んで帰る。この2人は兄弟としてもかなり仲がいい方みたいだった。あたしは2人が離れるチャンスを待っていたのだけど、けっきょく土曜日に月の表面を闇の領域が支配し始めるまでには、宿主を特定することができなかった。
「 ―― 一二三、けっして無理はしないで。人に見られる心配のない真夜中なら僕も協力できると思うから」
 新しい引越し先にも、金髪の美幸にも、美幸が作る夕食にもずいぶん慣れた。相変わらず美幸はあたしに触れてこなかったけど、あの日美幸のおびえた姿を見たことで、あたしの中でも何かが変わったような気がする。それまでの美幸はあたしにとって、何事にも動じない絶対的な保護者だったように思うんだ。あの時、ううん、本当はもっとずっと前から見えていた美幸の弱さに、あたしはあのときまで見えない振りを続けていた。
 以前、美幸と話したことがある。大河は1つの場所に2人から4人の宿主を残す。だから、おおよそだけど、大河は3ヶ月ごとに別の場所に移動していることになるんだ。あたしがそう言うと、美幸は明確な答えをくれた。
  ―― たぶん吸血鬼としての本能的な行動なんだと思うよ。僕自身も、同じ場所に3ヶ月いるとしだいに危機感がつのってきて、移動しないではいられなくなる。屋敷のような例外的な場所もまれにあるんだけどね。大河もきっと、僕と同じものを感じているんだ ――
 このときには気づかなかった。美幸が6年前、あたしと同じ高校に半年間も通っていたんだ、ってことに。あのときの美幸は、とくに後半の数ヶ月は、自分の中にある危機感や焦燥感との戦いだったに違いない。だからこそ美幸はあんなにもこの街におびえて、それでも今あたしのそばにいてくれるのは、あたしを助けてくれようとする美幸の強い思いがあるからなんだ。
 美幸を守りたいと思ったのは初めてだった。
「大丈夫。だって、ここはあたしが生まれ育ったところだよ。……それに、河合先輩に迷惑かけたくない」
「……そうだね。会長は勘のいい人だから。僕がしゃしゃり出たりしたら、たとえどんな変装をしていても見破られそうだ」
 美幸のために、ぜったい次の満月で決める。複雑な微笑を浮かべる美幸に背を向けて、決意も新たにあたしはアパートのドアを出た。