幻想の街5
 満月期のあたしは美幸に言いたいことをはっきり言えるのだけど、それはあたしの別人格のようなもので、ふだんのあたしはこんなにポンポンと思ったことをしゃべれる方じゃない。美幸はあたしほど極端ではないけれど、でも満月期にはやっぱり多少人格が変わる。あのときの美幸はとくに別人格が前面に出ていたのだろう。その日は以前のアパートまで戻って、翌日の早朝に目覚めた美幸は、鏡を見て自分の金髪に自分で唖然としていた。
 今日は月曜日で、あたしは1日かけて河合先輩一家を尾行することにしていた。あたしがいない間に美幸が引越しをしてくれることになったから、荷物は昨日のうちにすべてまとめておいた。あたしも美幸も荷物はさほど多くない。昨日買ったブルーのコンタクトレンズを入れた美幸が、大きな荷物をいくつも抱えて電車に乗っていたら、本当に外国からの観光客に見えるかもしれないと思った。
 美幸と一緒に始発電車に乗って、途中下車したあたしは河合先輩の自宅近くへ行く。例のコンビニからでも宿主のおおよその位置は把握できたから、動き出すまでのほぼ1時間くらいを雑誌を物色しながら過ごしていたんだ。たぶん店員さんは渋い顔をしていただろう。いくつかの雑誌と朝食用のおにぎりを買って、近づいてくる気配をコンビニ前で雑誌を広げながら待っていると、だいぶ人が増えてきた通りに高校生の2人連れを見たんだ。
 一瞬だけ、目の前を通り過ぎる男子生徒が河合先輩に見えてしまった。あたしが通っていた高校と同じ制服を着た男子は、実際には河合先輩よりもずっと背が高くて、体つきも先輩よりずっとしっかりした感じだった。顔は、あたしにはあまりよく見えないのだけど、たぶん見間違えるほどにそっくりという訳じゃないだろう。でもその男子の全体から受ける印象は、河合先輩とよく似たものだったんだ。
 隣を歩く女子生徒も長身で、一見快活なタイプのようだった。彼女もやっぱり同じ高校の制服を着ている。この2人のうちのどちらかが種の宿主なんだ。でもあたしには宿主がいる方角が判るだけだから、隣同士で歩く2人のうちのどちらが宿主なのかは判らなかった。
 あたしは少し離れた場所から2人を追っていったのだけど、同じ高校に通う2人の通学路が分かれることはなくて、けっきょくどちらが宿主なのか知ることはできなかった。だけどあたしがやるべきことは決まった。すぐに美幸に電話してあたしの転校手続きを取ってもらう。どちらが宿主だったとしても、あたしはまず2人に近づかなきゃならないんだ。
 それでも、あたしの編入試験が済んで、実際に通学が始まったのは、翌週の月曜日になってからだった。