幻想の街3
 6年前、あたしはこの街で死んだ。普通の人だったら打ち所が悪くない限り死ぬような怪我じゃなかったけど、生まれつきの病気を抱えたあたしの身体に、その怪我は致命傷になった。そのとき既に吸血鬼として生きていた美幸は、あたしが死ぬことに耐えられなくて、あたしの死体を吸血鬼としてよみがえらせた。1度死んで、顔の形すら変わってしまったあたしは、不老不死の身体をもって永遠にさまよい続けなければならない。
 目に映る風景はすべて懐かしかった。お母さんと買い物をしたデパートも、お父さんと食事に来たレストランも、美幸とデートした喫茶店も。あの小さな駅で美幸と別れて再び戻ってきたあたしは、種の宿主の気配を追いながら、記憶に残る風景を純粋に楽しんでいたんだ。ここには楽しい思い出しかないから。ここを離れたあたしには、つらいことがたくさんあったから。
 あたりはそろそろ暗くなり始めていて、宿主の気配も既に駅前にはなかった。でも気配そのものはずっと感じていたから、あたしは駅から離れてその住宅街に入っていった。あたしの自宅はこの駅の東口にあったから、このあたりまで来ると見慣れた景色は多くない。でも、その角を曲がったとき、あたしは見たことのあるコンビニの前に出ていたんだ。
 このお店にも忘れられない思い出がある。生徒会の役員だったあの頃、ほかのみんなとここで買い物をして、その先にある河合先輩の家まで行ったんだ。中学の頃のクリスマス会や、夏休みの花火大会。先輩の家は広かったから、生徒会の先輩も後輩もひっくるめたみんなの溜まり場のようになっていて ――
 気配を辿って行き着いた場所に、あたしの心臓がドキッと跳ねた。そこは紛れもなく河合先輩の家だったから。
 しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。門柱には河合の表札。車が3台余裕で停められる広い庭と、建売じゃないしっかりした造りの大きな家。気づいてあたしは家の周りを1周回ってみた。だけど間違いなく、宿主の気配はこの家の中から感じられる。
 ドキドキする心臓を何とか落ち着けようと深呼吸を繰り返した。河合先輩の家族構成は、両親と弟と妹の5人家族。下の2人は双子で、先輩とは少し年が離れていたはずだった。この5人のうちの誰かが殺人の種を身体に宿している。宿主は先輩じゃないかもしれない。だけど、先輩が宿主である確率だって20パーセントもあるんだ。
 あまり長い時間そこにいることはできなかった。うしろ髪を引かれながら、あたしは再び駅への道を辿り始めた。