幻想の街2
 終点の乗換駅より1つ手前、同じ車両の乗客が1人も降りなかったその小さな駅で、美幸はようやく座席を立った。足早に改札を抜けていく美幸を小走りで追いかける。日曜日なのに閑散としたその駅のバス停で時刻表を確かめたあと、近くの自販機でジュースを買って、ようやくバス停のベンチに落ち着いたんだ。どうやら美幸はバスに乗りたいんじゃなくて、ここで休むためにしばらくの間バスが来ないことを確認したみたいだった。
「一二三、僕はあの街には近づくことができない。だから、今回の種の回収は、一二三に1人でやってもらうことになる」
 美幸がそう言っても、あたしにはまだ美幸の言葉が理解できなかった。
「……どうして?」
「僕が6年前、半年間もあの街で暮らしていたからだよ。……3年前なら、あるいは20年後ならなんとかなったかもしれない。だけど、6年前に高校2年生だった山崎美幸は、今は大学を卒業した社会人になっていなければならないんだ」
「あ……!」
 そうだよ、美幸はあの頃から少しも変わっていないんだ。今の美幸じゃどうがんばったって23歳の社会人には見えない。だからといって、他人のふりをするには周りの人たちの記憶が新しすぎるんだ。通りすがりの人を欺くことはできても、6年前の美幸の姿を鮮明に記憶にとどめている知り合いまでは騙せない。電車の中で美幸が必死に帽子で顔を隠そうとした理由があたしにもやっと判っていた。
「だけどそれならあたしだって成長して……そうか。あたしは死ぬ前とは違う顔になってるんだ」
「君は別人になりきってしまえば何とかなる。どのみち一二三本人として行く訳にはいかないのだし。僕も、せめてあの頃に弟がいるとでも言っておけばよかったんだろうが、あいにく1人っ子だと公言してしまっている。写真も大量に撮られたはずだから、たぶん髪の色を変えたくらいではダメだろうな。……本当は、君を1人にするなんてことは僕もしたくないんだ。だけどどうすることもできない」
 美幸はあの街に近づくことができない。それどころか、あの街で出会った人と偶然すれ違いそうな場所にいることだってできない。今まで美幸がしてくれたことを、今回はすべて自分ひとりでしなければならないんだ。調査も、根回しも、もしかしたら記憶の削除さえも。
 ようやく事の重大さに気づいたあたしは、しばらくの間声を出すことができなかった。