桜色迷宮58
 でも、時間はあたしを待っていてはくれなかった。

 うちの学校の文化祭は9月下旬で、去年10月の選挙から続いてきた生徒会にとっては最後のイベントになる。この文化祭が終わってしまうと、3年生の河合会長と熊野先輩は引退になるんだ。後期の会長には誰がなるのか、生徒会内でもまだそんな話は出ていなかったけど、あたしは小池副会長か美幸先輩がなるだろうと勝手に予想している。あたし自身はもちろん今回も役員に立候補するつもりはなくて、新会長が指名してくれるなら、会計監査としてまた1年がんばろうと思っていた。
 文化祭の前日は午後の授業から放課後まで通して準備にあてられた。あたしは放課後になったところで教室を出て、グランドに野外ステージを設置している会長たちのところへ行く。役員でこの場所にいたのは会長と熊野先輩と一枝先輩、それに朱音先輩だけで、ほかの人たちはたぶん放送部とステージ有志の面々だろう。この野外ステージは、個人でバンド活動やコーラス活動をしている人たちが自由にエントリーして、日ごろ磨いた技を披露できる場所になっているんだ。
「あ、一二三ちゃんご苦労さま。ちょうどいいところに来てくれたよ。ビニールテープが足りないんで、買い物を頼まれてくれないかな」
「はい、大丈夫です。校門前の文房具屋さんでいいですか?」
「かまわないよ。来たばかりで申し訳ないね。今お金を渡すから、領収書をもらってくるのを忘れないでね」
 到着する早々、電源の延長コードをつないでいる会長に声をかけられた。会長の笑顔を見るとまだ少し胸がちくっと痛んだけど、合宿から2ヶ月近く経った今では、あたしも普通に笑顔で会話できるまでになっていた。
「一二三ちゃん買い出しに行くの? それじゃついでにお願いしていい? これと同じ色のカラースプレー、あと2本くらい買ってきて欲しいんだ」
「一二三ちゃーん! ビニールひもとガムテープもお願ーい! ステージ分解しそうなのー!」
 もしかしたら、みんな誰かが買い物に立つのを待っていたのかもしれない。一枝先輩と朱音先輩も便乗してきたから、会長が苦笑した。
「それだけあると1人じゃ行かせられないな。……ベストなタイミングでもう1人きてくれた。荷物はあいつに持たせればいいよ」
 振り返るとうしろから走ってきたのは美幸先輩で、あたしはほかにもいくつか頼まれたメモを持って、2人で買い物に出かけたんだ。