桜色迷宮57
 時間が欲しいと本気で思った。
 先輩と過ごす時間。先輩と一緒に、未来を感じることができる時間。先輩のことをもっともっと知る時間。
 残された、長くはないだろう時間の中で、あたしはあとどのくらい先輩を知ることができるのだろう。
  ―― あたしは、あとどのくらいの時間、生きることができるのだろう……

 2学期が始まる頃には、あたしが夏休みに美幸先輩とデートしていたことは学校中の人間が知っていた。登校初日の朝にクラスの友達に訊かれて、あたしは多少口ごもりながらも、正直に自分の気持ちを話した。たぶんそれがよかったんだろう。仲のいい友達はみんなあたしのことを応援すると言ってくれたから、あたしはその場で思わず嬉し涙を流してしまった。
 でもそう言ってくれたのはほんの一部の人たちだけで、学校中の、とは言わないけれど、かなりの人数の女の子たちがあたしに対して否定的だった。廊下を歩けばわざと聞こえるように悪口を言われたり、すれ違いざまに腕や肩をぶつけられたりした。その日、たまたまあたしが1人の先輩とぶつかって転んでしまったとき、いつも一緒に歩いてくれる友達がとうとう我慢の限界を超えたんだ。
「いいかげんにしなさいよ! 一二三はねえ、ちょっとしたすり傷でも死ぬことがある病気なのよ! あなた人殺しになりたいの!」
「な……なによ先輩に向かってその態度は! それに人殺しって、どうしてあたしがそこまで言われなくちゃいけないのよ!」
「先輩なら病弱な後輩をいたわるのが本当でしょう? あなた、そんな人間だから山崎先輩にふられるんですよ! たとえ逆の立場だったとしても一二三はぜったいにこんなことはしない。あなたの場合、他人に意地悪するより自分を磨く方が先なんじゃないですか!」
 先輩は怒りに顔を真っ赤にしていたけど、周囲の目が気になったのか、ボソッと「ちょっとぶつかっただけじゃない」とつぶやいて去っていった。あたし自身は嬉しい気持ちもあったのだけど、彼女があんなにおおっぴらに病気のことを叫んだことで、いたたまれないような気持ちにもなっていた。でもそれ以来、あたしに怪我をさせるような意地悪をする人はいなくなったから、彼女がしたことは正しかったんだろう。病気はあたしの一部だから恥じることはない。あたしが常に自分に言い聞かせてきたその言葉を、他人として最初に教えてくれたのが美幸先輩で、確信に変えてくれたのがその友達だったんだと改めて思う。
 自分に自信がなかったから、いろいろなことに引け目を感じていた。でも、そんなあたしでも認めてくれる人がいる。もう少し、もう少しだけ心を強く持つことができたら ――
 あたしはあなたが好きです、って、素直に言えるような気がした。