桜色迷宮55
 残り半分の夏休み、あたしはほとんどの時間を美幸先輩と過ごしていたと言っても過言じゃないだろう。午前中は生徒会で文化祭の準備、午後は1度帰ってから夕方まで先輩と一緒だった。あたしの部屋で2人で宿題をしたり、図書館で本を読んだり。涼しい時間を選んで駅前でウィンドショッピングをすることもあった。
 人込みを歩く先輩は否応なしに注目を集めた。喫茶店に入れば必ずほかのテーブルからひそひそ話が聞こえてきたし、レジの女性は数秒間は見とれたように動かなくなった。先輩が注目されるたびにあたしも一緒に注目されているようで、ときどきすごくいたたまれないような気持ちになる。あたし、本当に先輩の隣にいていいんだろうか、って。
 先輩の隣にいるべきなのは、もっと健康で、もっと明るくて、もっとかわいい女の子なんじゃないか、って。
「ちょっと、歩き疲れちゃったかな? 目線が下を向いてる」
「……大丈夫です。このくらい、学校にいるときの方がもっと歩いてますし」
「でも室内と太陽の下とではずいぶん違うからな。 ―― そうだ、そこの店に入ろう」
 美幸先輩が入っていったのは、あたしたち学生が足を踏み入れるにはちょっと場違いな洋品店だった。ほかのお客さんはいなくて、不審そうに近づいてきた店員に、美幸先輩は笑顔で交渉してあたしにひとつの帽子を買ってくれたんだ。それは淡い空色のつば広帽子で、今あたしが着ているワンピースに合わせてくれたんだろう。ひと桁違う値札を見てぎょっとしたのだけど、「学生なのであまり高いものは買えないんです」と言って笑顔を向けた美幸先輩に、女性店員はその帽子を半額以下にまで値下げしてくれたんだ。
「あ、あの、あたし、お金払います。こんなに高いもの、もらえないです」
 あたしの1か月分のお小遣いと同額だから今払えないことはない。店を出たあと、あたしは先輩を追いかけながらそう口にした。
「気に入らない?」
「いいえ、すごく綺麗で……。でも、あたしにはもったいないです。それにあたしが使うものなのに先輩にお金を払ってもらうなんて」
「僕にとっては、その帽子は僕がお金を払うことに意味があるんだけどね。なぜなら、僕が贈ったものを身に着けている一二三ちゃんを見ているのが、僕の独占欲を満たしてくれるから。……できることなら、僕と会うときにはいつも身に着けていて欲しいくらいだよ」
 そうしてにっこり笑った先輩に、あたしはそれ以上何も言えず、半ば必死で今持っている服とのコーディネートを考えていた。