桜色迷宮52
 片方がダメだったからもう片方なんて、自分でもあさましいと思う。だけどあたしに残された時間はけっして多くない。中学の頃、河合会長があたしを必要だと言ってくれたように、今あたしを必要としてくれるのは目の前にいる美幸先輩なんだから。
「……今、この場でもう1度一二三ちゃんに告白したら、OKしてもらえそうで怖いな」
 先輩が低い声でボソッと言って、あたしはなぜだか判らないけどドキッとした。
「怖いんですか? どうして?」
「うん。……僕は若年寄である分、先のことを考えすぎて踏み出せないところがあってね。こういうときは、何も考えずに突っ走れる人がうらやましく思える。……たぶん、人の何倍も臆病者なんだよ、僕は」
  ―― ただ臆病なだけだよ。見た目にそうは見えなくてもね、オレは人よりずっと臆病なんだ。そう自覚してる。
 不意に、以前会長が言っていた言葉を思い出した。そのときも意味は判らなかった。確か「どうして会長はいつもそんなに優しくいられるんですか?」って尋ねたときの答えだったと思う。それ以上追及しなかったあたしに、会長はそれしか答えてくれなかった。
 ううん、今は美幸先輩のことだけ考えよう。先輩は会長に似ているのかもしれないけど、きっとそれだけの理由であたしが先輩に惹かれた訳じゃないと思うから。
「あ、あたしも、臆病なのは同じです。よく先のことを考えすぎて自滅します。ぜんぜん積極的じゃないし、友達作るのも苦手だし、失敗したときのことが頭に浮かんでなかなか最初の1歩が踏み出せないです」
「……うん、でも、一二三ちゃんには一二三ちゃんのいいところがたくさんあるよ」
「だから、美幸先輩が弱気だと困ります。今、と、これからのこと、ちゃんと先輩が考えてくれないと、……困ります」
 話しながらうつむいてしまったあたしは、言い終えたあとに先輩が片手を伸ばしてくる気配を感じた。その手はあたしの頭に触れる直前で止まって、少しの逡巡のあと、ゆっくりと、優しく、髪をなでてくる。あたしはもう先輩の手を嫌だとは感じなかった。しだいに胸が温かくなってきて、それが幸せという感覚なのかもしれないって、ぼんやり思った。
 そのあと、あたしはまた自分が言ってしまったいろいろな言葉を思い出して、うつむいたまま恥ずかしさに真っ赤になっていた。