桜色迷宮49
 12時を過ぎた頃を見計らって部屋を抜け出した。みんなを起こさないように足音を忍ばせて洗面所まで行く。6時間ごとの服薬はあたしの命そのものだったから。真っ暗な廊下をゆっくり歩いていくと、なぜか洗面所に明かりがついていて、美幸先輩が立っていたんだ。
「先輩……どうしたんですか? こんな真夜中に」
「ちょっとね。風が出てきたようだから、火の始末が心配になって。……というのは口実で、ここで待ってれば一二三ちゃんに会えるような気がしたから」
 あたしは返事に困って、うつむいたまま薬を飲むことに集中していた。松田君が言ってた、美幸先輩が嫉妬深いって話や、さっき聞いた噂話、女の子たちに囲まれていた先輩の微笑なんかが頭の中でぐるぐるしてくる。今日はほとんど1日中先輩と話せなかったから、あたしだってさびしかったんだ。知らない間に美幸先輩のこと、ずっと目で追ってたんだから。
 飲み終えて振り返ると先輩の微笑があって、あたしもつられるように唇が緩んでいた。
「もう、眠くなっちゃったかな? 夜も遅いし」
「そうでもないです。さっきベンチでお昼寝しちゃったので」
「だったら、少しだけ夜の見回りに付き合ってもらえる?」
「はい、いいです」
 あたしは薬を入れた袋を持ったまま、先輩のあとについて合宿所の外に出た。先輩は風が出てきたって言ったけど、ちょっと空気が動いているかな、くらいでほとんど感じないから、先輩が言うとおり口実だったのかもしれない。昨日は合宿所の周りを歩いたけど今日はグランドの方に向かっていく。口実なのにちゃんと見に行くあたり、まじめな美幸先輩らしいと思って、思わず笑みを浮かべていた。
「今日が晴れてくれてよかったね。いくらなんでも体育館でバーベキューはできないから」
「そういえばそうですね。……もしも雨だったらどうするつもりだったんでしょうか」
「食堂の厨房を借りる予定だったらしいよ。僕と会長は無謀だって言ったんだけどね、小池が譲らなかった。本当に晴れてよかったよ」
 先輩とたわいない話をしていると思う。こうして先輩と一緒にいる時間が、いつの間にかあたしにとって大切なものになってたんだ、って。