桜色迷宮47
 間に昼食をはさんだバレーボール大会も、全体的には和気あいあいと楽しく進められた。美幸先輩も松田君との直接対決以外はのほほんとした表情で参加していたから、3組の結果は3勝2敗で優勝には程遠かった。どうして美幸先輩があんなに執拗に松田君だけを狙ったのか、誰が尋ねても美幸先輩は優美な微笑みでごまかすだけで、一言も口を開かなかったんだ。だから美幸先輩の先輩らしからぬ行動の真相はけっきょく謎のままだった。
 大会の間中、美幸先輩の周りはたえず女子が取り巻いていて、あたしは先輩に近づくことすらできなかった。表彰式のあとは自由時間で、みんなはお風呂に入って汗を流したりしていたのだけど、裏方のあたしたちには夜のイベントの準備があって、あたしは河合会長の指示で会場になっているグランドを奔走していた。このとき生徒会長の美幸先輩は別の仕事をしていたみたいで、グランドの準備には参加してなかったんだ。そのため会長はあたしと松田君をセットにしていたようで、2人一緒に同じ仕事を指示されていた。
 合宿も2日目になって疲れがたまっていたみたい。軽いめまいを起こして立ち止まったあたしに、松田君がいち早く気づいていた。すぐに会長に断って校庭のベンチで休ませてくれる。面倒見がいい松田君は、あたしをベンチに寝かせると、食堂から濡れタオルとコップに水を1杯持ってきてくれた。
「部屋じゃ雑音が多くてかえって休まらないからな。ここで少し横になってればいいよ」
「ありがとう。……ごめんね、迷惑かけて」
「おまえさ、昔よりずいぶん丈夫になったじゃん。今日もけっこう動き回って写真撮ってたし。中学の頃は2日目の球技大会の時間は完全にダウンしてただろ? 意外に元気だったんで、オレはむしろ驚いたよ」
 そうか、あたしだってちゃんと進歩してるんだ。思い出してみれば確かに松田君の言うとおりだった。今では朝具合が悪くて学校を休むこともなくなったし、生徒会のみんなと同じ仕事だってできるようになったんだ。
 逆光の中で立つ松田君は、たぶんあたしの顔に影を作ってくれているのだろう。人のそういうさりげない優しさに触れると思うことがある。あたしは今まで生きてこられたことが奇跡なんだ。ほかの人たちは、幸せは今を超えた先にあるものだと思うのかもしれないけれど、あたしにとっては今この時間こそが幸せなんだ、って。