桜色迷宮48
 松田君に仕事に戻ってもらって、陽が傾いてきた頃、周囲のざわめきに目を覚ますとグランドにみんなが集まっていた。今日の夕食はここでクラスごとにバーベキュー大会をするんだ。この時間、記録係裏方のあたしはカメラを回収して現像に持っていくことになっている。あたしが会長に声をかけてもう大丈夫だと告げると、1人では心配だからと会長は松田君をつけてくれた。
 女子は最後に残ったフィルムを美幸先輩を撮影することに費やして、それでも足りない女子は自分のケータイまで使って先輩を撮り始めていた。美幸先輩は嫌な顔ひとつしないで応じていたから、もう誰も彼女たちを止められなかった。あたしが回収したカメラを松田君が持ってくれて2人で近くの写真屋さんへ行く。毎年お願いしているらしい写真屋の店長さんも、今年は数が多いって苦笑いしていた。
 明日の午前中、会計責任者の一枝先輩と一緒にここへ写真を取りに来て、クラスごとに配分すればあたしの仕事は終わりだった。
「 ―― なあ、ちょっと訊いてもいいか?」
 帰り道、なんとなく感慨にふけるあたしに、松田君が話しかけてくる。あたしが見上げると、松田君は言いづらそうに先を続けた。
「おまえ、もしかして、山崎先輩と付き合ってたりする?」
 思わずあたしは顔を伏せて、思いっきり首を横に振ってしまった。でもそれだけで松田君には判ったみたい。上の方で溜息が聞こえた。
「付き合ってはないけど告白はされた、ってか。……どうりで目の敵にされる訳だ。あの人、めちゃめちゃ嫉妬深いな」
 それきり考え込んでしまった松田君に、あたしは話しかけることができなかった。もしかしたらあたしが眠っている間にもなにかあったのかもしれない。でも、あの美幸先輩が松田君に嫉妬して目の敵にしていたなんて、不思議すぎて容易に信じられなかった。
 グランドに戻って、3組のみんなが焼いた串から肉や野菜をもらって夕食を食べる。そのあとは里子先輩が好意で差し入れてくれた花火で花火大会。そうしてたっぷり楽しんだあとはきちんと片付けて、部屋に戻ったらみんなすぐに床に入ってしまった。あたしは一枝先輩と朱音先輩と一緒にお風呂に入る。戻ってきたときに、起きていた何人かが小声で美幸先輩の噂をしていたのが耳に入った。
「 ―― 新宿だったか渋谷だったか、繁華街で年上の美人と腕組んで歩いてたんだって。それも終電行っちゃった真夜中にだよー」
「嘘だあ。それってぜったい別人だよ。東京だったら山崎君並みの美少年だってきっと多いもん ―― 」
 あたしは気にならないって言ったら嘘だったけど、いつしか声も聞こえなくなったから、ただの噂話として聞き流すことにしていた。