桜色迷宮45
「……なんとなくね、僕に対する一二三ちゃんの態度が、告白する以前と同じに見えるとつい思い出させたくなる。……待てると思ったんだけどな。僕は自分が思ってたほど気が長い訳じゃないのかもしれない」
 先輩に告白されたとき、戸惑いの方が大きかったけど、でも嬉しいとも思った。先輩に見つめられるとドキドキするし、先輩のことが好きだと思う気持ちに嘘はない。どうしてあたしなんか? って思うけど、だからといって騙されてるんじゃないかとか、そういう不安を持ってる訳じゃないんだ。それなのにどうして、あたしは先輩の気持ちを素直に受け入れられないんだろう。
「ごめんね、一二三ちゃん。ひと回りしたら戻ろう」
 そう言って再び歩き始めた先輩は、いつもと変わらない笑顔と口調で、アパートのお風呂が壊れたときの話を始めた。裸になって給湯器に火をつけようとしてどうしてもつかなくて、夜も遅かったからパンツ1枚で屋外のコンセントを見に行こうとしたら、隣のご主人にばったり会ってしまって気まずい思いをしたんだ、って。あたしの気分を明るくしてくれようとする先輩の気持ちが判ったから、あたし自身もできるだけ先輩の気持ちに応えようと笑顔で受け答えた。そうして見回りを終えて部屋に戻るとすぐに、あたしは部屋の女の子たちに囲まれてしまったんだ。
 どうやら合宿所の2階の窓からはあたしと先輩の姿が見えたらしくて、話の内容は聞こえなくても楽しそうに談笑する声はここまで届いていたみたい。しばらく責められるだけだったあたしは、ようやく消灯前の見回りをしていたことだけ告げることができた。
「だから、なんで生徒会長の見回りに、なんの関係もないあなたがついていくのよ。本当ならそれは副会長のあたしの役目なのよ」
「それは、……6号室であたしがOBの先輩たちに囲まれてたから、気を遣って連れ出してくれたんです。本当にたまたまで……」
「じゃあなんであんなに楽しそうだったのよ! いったいなんの話をしていたの? あなたいったい山崎君のなんなのよ!」
 まさか先輩に告白されたなんて間違っても言える雰囲気じゃなかった。消灯までのたった数分間だけだったのだけど、あたしは精根尽き果ててしまって、先輩と交わした会話の後半、つまりお風呂が壊れてパンツ1枚で外に出た先輩の話を繰り返すことになった。
 その話はどうやら水面下で学校中の女子の間に広まったらしいけれど、それが果たして先輩の評価をどちらの方向に変えたのか、あたしに知る術はなかった。