桜色迷宮35
 なんとなく、気まずいような空気が互いを包んでいたのだけど、美幸先輩がいつもと同じ笑顔を見せてくれたから少しだけ安心した。帰り際に先輩は、これから会長の家へ行くと言った。会長に会って、合宿であたしと同じクラスになれるように貢ぎ物をしてくる、って。あたしも先輩と一緒のクラスになれたら嬉しいと思う。反面、頭の中では「貢ぎ物をしなかったら先輩と同じクラスになる確率は6分の1だな」なんて、どうでもいい計算をしていた。
 先輩と一緒に会長に貢ぎ物をしに行く決心はつかなくて、お母さんと玄関で先輩を見送ったあと、部屋に戻ってベッドに寝転がった。美幸先輩のこと、嫌いじゃない。むしろ好きだと思う。なのにどうしてあたしは先輩に返事をすることができなかったんだろう。
 思い出すとドキドキしてじっとしていられなくなる。夏掛けを抱きしめて顔をうずめて、ドキドキが少しでも早く収まるように願う。混乱していたのは間違いないんだ。だから返事ができなかったの? ……そうかもしれない。あたしは自分が何を言われているのか、きっと半分も理解していなかったから。
 あたしのことを好きだって言ってくれる人がいるなんて思わなかった。美幸先輩は、あたしのことが1番好きなんだ、って。ほかになんて言ってただろう。あたし以外の女の子はいてもいなくても同じなんだって ――
  ―― 夏掛けをぎゅっと抱きしめた。どうしよう、あたし、すごくドキドキしてる!
 あたし美幸先輩に告白されたんだ! あんなに綺麗で、すごく優しくて、勉強も運動もなんでもできて、みんなが憧れてる美幸先輩に!
 緊張してるんだって言ってた。いつもと違う表情をたくさんあたしに見せてくれた。あたし、ほんとに先輩に告白されたの? こんな、人より優れたところなんて少しもないあたしのことを、先輩はほんとに好きだと思ってくれてるの……?
 嬉しいより困った。どうしよう、どうしようって、ずっとその言葉ばかりが頭の中をめぐっていた。これからどんな態度で先輩と話せばいいんだろう。先輩は変わらないでいるって言ってたけど、あたしは今までと同じになんてできないよ。
 その日、あたしは夏掛けを握り締めたままで、夕食に声をかけられるまでずっと考え続けていた。でも答えなんか出せない。先輩のことを好きなのは間違いないけど、ほんとにあたし、先輩と付き合ったりしていいんだろうか、って。
 翌日から学校は夏休みだったのだけど、合宿の準備もあって生徒会は毎日開かれた。生徒会室での美幸先輩の態度は今までとぜんぜん変わらなくて、だけどあたしは、先輩の告白を一瞬だって忘れることができなかった。