桜色迷宮33
 爆発しそうなくらい心臓が高鳴ってる。もしかしたらあたし、先輩の言葉の半分も聞こえてなかったのかもしれない。だけど先輩が一生懸命あたしに反論してくれるのだけは判って、そんな気持ちに流されそうで、自分が今いる場所すら見失いそうになっていた。こんな風に人に好きだと言われたのは初めてだった。こんな、あたしのすべてが好きだと言ってくれる人がいるなんて、容易に信じられなくて。
「……あたし、嫌な子かもしれない。それでも好きなんですか?」
「それも一二三ちゃんだもの。嫌なところはなおせばいい。だけど、一二三ちゃんだって事は変えられない。僕は、一二三ちゃんがどうあがいても変えられない、一二三ちゃんだって事実が好きなんだ。なにが好きかなんていえない。どんなところが好きだとか、こうだから好きだとか、そういう言葉ではいえない。一二三ちゃんが一二三ちゃんだから好きなんだ」
「でも、あたしは病気だし ―― 」
 言ってしまってから、一瞬だけ凍りついたように冷静になったあたしは自分の言葉に自分で傷ついていた。
  ―― あたし、卑怯だ。さっきからあたし、自分を好きだって言ってくれる先輩の気持ちを試してる。自分でも自信が持てないところを挙げ連ねて、先輩に反論して欲しいんだ。先輩に「一二三ちゃんはそれでもいいんだよ」って言って認めて欲しいの。そうして先輩に病気のことも認めてもらおうと思ってる。自分が先輩の立場だったら認められないと知っているのに。
 先輩が病気を理由に前言を撤回する可能性だってあるはずなのに。だからこの言葉は先輩に前言を撤回して欲しくて言ったんじゃない。今までと同じように先輩に反論して欲しくて、あたしはこんな重大な判断を先輩に委ねたんだ。
「あ、あの、ごめんなさい! 今のは ―― 」
「僕はね、一二三ちゃん。今でもかなり緊張しているんだよ。そういうところが顔に出にくいのは自分でも自覚してるけど、自分が1番好きだと思って、1番大切だと思っているものに対して、否定の言葉だけを立て続けに聞かされるのは正直言ってきついよ。それがたとえ本人の口から出た言葉であってもね。……僕を嫌いなら嫌いだと、そろそろはっきり言ってもらった方がいいんだけど」
「そんな……そんなことないです! あたしが先輩を嫌いだなんてことはぜったいないです!」
 口調が変わった先輩に驚いてそう言うと、先輩はあたしを見てにやっと笑った。瞬間、あたしは先輩に騙されたような気がした。