桜色迷宮31
 恥ずかしかった。いくら美幸先輩に訊かれたからって、思ってることをぜんぶ吐き出すようなまねをするなんて。こんな話、先輩にとっては迷惑なだけなのに。優しい先輩に余計な気を遣わせてしまうだけなのに。
 うつむいて黙り込んでしまったあたしを見つめる先輩の視線を感じた。いたたまれなくなるような空気が辺りを包んでいて、でもそのとき先輩がふっと紅茶を飲み干して、まるであたしの緊張をほぐしてくれるかのように言ったんだ。
「一二三ちゃん、もう1杯もらえるかな」
「……あ、すみません、気がつかなくて」
 そうしてカップを受け取って紅茶を注ぎ始めたあたしを、先輩はずっと優しさを含んだ気配で見つめていた。あたしは少しでも落ち着きたくて、必要以上に時間をかけて紅茶を注いだあと、再びカップを差し出しながら少しだけ顔を上げて先輩の表情があたしの想像通りだったことを知った。
 先輩の目はまっすぐで綺麗だったから、あたしはまだドキッとしてしまう。こんな目で見つめられたら誰でも勘違いしちゃうよ。先輩が女の子にモテるのはあたりまえだと思う。
「一二三ちゃんは、1つ1つの動作が優雅だよね。もしかして茶道かなにか習ったりしている?」
「そんなこと。……ただトロいだけです。茶道なんてぜんぜん……」
 あたしは子供の頃からの習慣で、できるだけ身体をゆっくり動かすことにしている。反射的に動いて何かにぶつかったり転んだりしたら、怪我の大きさによってはたいへんなことになるから、ふだんからゆったりした動作が身についてしまっているんだ。そのせいかどうかは判らないけど、あたしは思考回路の反射神経も鈍いみたい。こういうこともぜんぶ先輩に説明すればいいのに言葉が出てこなかった。
「一二三ちゃんといるとすごく落ち着くんだ。僕が老けてるからなのかもしれないけどね、同年代の女の子は騒がしすぎて、僕はあまりなじめないから。……一二三ちゃん、少しの間だけ、顔を上げて僕を見ていてくれるかな?」
 口調が変わった先輩に不安を感じて、あたしは顔を上げた。先輩の真剣な視線と交わってドキッとする。
「僕は、一二三ちゃんのことが好きなんだ。もし、一二三ちゃんが嫌でなかったら、僕と付き合ってくれないかな」