桜色迷宮29
「なんでかな。生徒会室にいたり、一緒に帰ったりしているときの方が今よりずっと近い距離にいるはずなのに、テーブルをはさんで座っているときの方が、ずっと近くに感じるんだ。不思議だね」
「あ、あの……」
 あたしは信じられないくらいにドキドキして、なにか話していなければ心臓が爆発してしまう気がした。
「美幸先輩って不思議です。お母さんと礼儀正しい会話したりしてるのに、ぜんぜん違和感ないです。これが小池先輩とかだったら、きっとおかしくてふきだしてると思うのに」
「僕は若年寄だからね。みんなに言われるよ。老けてる、って。年の割に若さが足りないらしい」
「……そんなことはないです」
「驚いたり、焦ったり、馬鹿なことに青春燃やしたり、そういうエネルギーは足りないような気がするんだ。僕の欠点だと思ってる。だから僕は、小池とか一枝ちゃんとか、会長とかが羨ましいよ。僕にはないなにかを持っているもの」
 あたしはコメントに困って、ずっと下を向いていた。なにか話さなきゃと思うほどに言葉が出てこない。その間、先輩も動く気配を見せなくて、だからずっとあたしを見つめたままなのかもしれない。そう思ったらますます顔を上げることができなくて、あたしは危うく先輩の言葉を聞き逃すところだった。
「一二三ちゃん、好きな人はいるの?」
 この状態でこんな言葉を言われて、ドキッとしない人がいるんだろうか。あたしはあわててしまってうまく言葉が出せなかった。
「え? あ、あの……」
「答えたくないならいいよ」
 チラッとだけ見上げた先輩の目は真剣そのものだった。だからあたしも真剣に答えなければならないと思った。
「好きな人、は、いないです」
「どんな人がいるの?」