桜色迷宮28
 うちに帰り着いたのはお昼ごろで、美幸先輩は丁重に辞退したのだけどお母さんが強引に招待してしまったから、先輩はお母さんと軽い世間話をしながらうちの食卓でお昼を食べた。先輩は、如才ないというのか垢抜けているというのか、お母さんに話を合わせているのがぜんぜん不自然じゃないんだ。あたしは身の置きどころに困って早く自分の部屋へ引き上げてしまいたかったのだけど、まさか先輩だけ置いて逃げられないから、話にひと区切りつくまでその場にいるしかなかった。ようやくお母さんから先輩を取り戻して、あたしは先輩を2階の自室に案内していった。
「散らかっててはずかしいです」
「そうなの?」
「来るって知ってたら掃除しておいたのに」
 あたしががクッションを出して美幸先輩を招いていると、お母さんがティーポットとカップを運んできた。
「ゆっくりしてらして下さいね。一二三、クーラーを入れて差し上げなさい。それじゃ、またのちほど」
 あたしは部屋の小さなテーブルで紅茶を入れた。なんだか手が震えてうまく入れられなかった。それでもようやく形をつけて差し出すと、先輩はにっこり笑ってお礼を言ってくれた。
「ありがとう。いただきます」
 美幸先輩の笑顔がまともに見られなかった。そっと視線を外す。あたしの部屋には今まで家族以外の人が入ったことなんてなかったんだ。あたしのドキドキはしばらく収まりそうになかった。
「やさしくていいお母さんだね」
 あたしは答えることができなくて、ただうつむいているだけだった。
「どうしたの?」
「……あの。……なんだか変です。美幸先輩が違う人みたい」
「僕も。なんだか、一二三ちゃんがずっと近くにいるような気がする」