桜色迷宮21
 美幸先輩はうしろから追いかけてきてくれて、女子トイレの洗面台にジャージをひとそろい置くと、そのままそそくさと帰っていった。その理由に気づいてちょっとだけ気分が明るくなる。あたしは全身汚れていたから、先輩は気を遣ってジャージをここまで運んでくれたけど、女子トイレに入るのはやっぱり恥ずかしかったんだ、って。
 土曜日の放課後で誰もいなかったから、あたしは汚れた制服をぜんぶ脱いで、まずは髪を洗った。こういうとき長い髪は不便だと思う。あんまりにもベタベタして気持ちが悪くて、誰も見てないのをいいことにそのへんにあった台所用の中性洗剤で洗ってしまった。こうなるともうあとはどうでもよくて、その洗剤で顔も手も洗って、制服を洗っている間に一枝先輩と朱音先輩がそろって入ってきていた。
「一二三ちゃん、今会長に聞いたわ。大丈夫なの?」
「怪我はどう? 傷はなかった?」
 そのときあたしはまだ下着姿だったから、朱音先輩はあたしの全身をくまなく観察して、ほっと息をついていた。
「すいません、心配かけちゃって」
「ひどいことするわね。一二三ちゃんは小さな怪我が命に関わるっていうのに」
「あたしたち生徒会は一二三ちゃんの味方だからね。……あたし、会長たちに中間報告してくるわ。特にミユキちゃんが心配してたから」
 そう言って一枝先輩が出て行くと、朱音先輩はあたしが制服を洗うのを隣で手伝ってくれた。
「一二三ちゃん、誰かにこんなことされる心当たりってあるの?」
 それはそもそもあたし本人にもさっぱり判らないことだった。もしも直接誰かを傷つけたのなら、少しくらいは記憶にあるはずだから。
「だとしたらたぶん逆恨みね、ミユキちゃんがらみの。ミユキちゃん、女子からの告白をぜんぶ「好きな人がいるから」って理由で断ってるみたいだから」
 思いがけない朱音先輩の言葉に、あたしは顔を上げてまじまじと見つめてしまった。
「どういうことですか?」
「一二三ちゃんがミユキちゃんと仲がいいんで、みんなやっかんでるのよ。自分が相手にされないのは自分のせいなのにね」