桜色迷宮19
 最初は気のせいか、何かの間違いなんだと思った。球技大会が終わった翌週のある日、お母さんが作ってくれたお弁当の箸箱の中に、箸が入ってなかったんだ。学食には割り箸が常備してあるからその日は特に何事もなく過ぎていった。その翌日に筆箱の消しゴムがなかったことも、きっとあたしが生徒会室にでも落としたんだろうと思って、あまり気にしないでいた。
 でも、靴箱の靴がいつの間にかゴミ箱に移動していたり、机の中にカビの生えた雑巾が入っていたりしたら、さすがのあたしも認めない訳にはいかなくなっていた。どうやらあたし、いじめの標的になってるみたい。1度そう思ってしまうと、ふだん通りに接してくれるクラスの友達までどことなくよそよそしく感じてきて、気分がどんよりと落ち込んでしまったんだ。
 あたしは小学生の頃、病気が原因で軽いいじめにあったことがあって、そのことがただでさえ内気な性格に更に拍車をかけていた。だから逆に、この程度のいじめになら多少の免疫はあった。机に何かが入っていたのなら捨てればいいし、なくなったものは探して、見つからなければ新しく買えばいい。教科書に極太の油性ペンで「ドブス」って書いてあったのは……どうしようもないって言えばそうだけど、そのページだけ誰かにコピーさせてもらえば困ることはないし。靴箱を開けた瞬間に数匹のアマガエルが飛び出してきたときには、田んぼの周辺でカエルを捕まえている誰かさんの姿を想像して、笑いをこらえるのに苦労してしまった。
 だけど、そこまでしてもあたしをいじめたいほどその誰かさんに嫌われてしまったのは確かで、小さなことでも積み重なるとやっぱり気分は落ちてくる。夏休みを間近に控えた土曜日、午後の生徒会活動のために用意してもらったお弁当箱に大量の髪の毛が入っていて、仕方なく学食へ行ったあたしは、かけうどんをテーブルに運んでいる最中に衝撃を受けてその場に転んでしまったんだ。
「熱っ……!」
 膝にかかったうどんはすぐに払い落とした。でもそのとき、頭の上からお皿が落ちてきて、独特の匂いとともにあたしの目にカレーライスの残骸が飛び込んできたんだ。どうやらあたし、転ばされただけじゃなくてカレーまでかけられたみたい。さすがにショックで、周りの人が心配して声をかけてくれる言葉も少しの間頭の中に入ってこなかった。
「 ―― ここは片付けておいてあげるから ―― 」
 あたしを立たせてくれた誰かがそう言ったことだけ理解できた。あたしはその人に小さくお礼を言って、そのまま食堂を飛び出していた。