桜色迷宮18
 けっきょくあたしは起きられなくて、先輩が持ってきてくれたかばんの中のお弁当を、保健室のベッドの上で食べることになった。先輩はいつも学食で、でもどうやって調達したのか校内で売られている惣菜パンを持ってきて、あたしに付き合ってくれたんだ。午後になってから先輩は再び試合に出かけていって、戻ってきたときには既に制服に着替えていた。その頃にはあたしも歩けるくらいには回復していたから、先輩はあたしのかばんを持ってくれて、家まで送ってくれたんだ。
「 ―― すいません、ほんとに、ご迷惑をおかけして」
「迷惑だとは思ってないよ。……一二三ちゃんは、人込みが苦手なのかな?」
「それもなんですけど、今日はちょっと、友達と一緒に走っちゃって。日差しも出てたから」
「だったら僕の試合を見るために焦ってた可能性もある訳だ」
 先輩が言ったのはほとんど図星で、あたしはうつむいたまま顔を上げられなかった。あたしが倒れたのは先輩のせいじゃないのに、先輩がそう思ったのだとしたらほんとに申し訳なくて。先輩にこれ以上弱い自分は見せたくなかった。だってあたしは先輩の側にいたいから。迷惑ばかりかけて、弱い身体をかばってもらってばかりいたら、きっとあたしは先輩に悪くてそれ以上そばにいられなくなるから。
「なんか、たぶん、周りの雰囲気に飲まれたんだと思います。もう2度と倒れないように自制しますから」
「……そうだね、倒れて苦しいのは一二三ちゃん自身なんだ。一二三ちゃんが自分で気をつけないとね」
 道の先を見据えながらそう言った先輩はなんだか少しだけそっけないような気がした。きっとそんなに気にするほどのことじゃないんだろう。あたしはいつも相手の小さな反応を気にしすぎて、自分を追い詰めてしまう悪い癖があるって自覚してる。先輩はいつも優しい態度で接してくれて、あたしが気になるような反応を見せたことがなかったから、今までこの悪い癖が出たことがなかったんだ。
 勇気がしぼんでしまう。先輩に迷惑をかけた自分がすごく嫌になる。先輩が、あたしのことを嫌いになってしまったかもしれない、って。
「一二三ちゃん? 気分が悪いの?」
 気がつくとあたしは立ち止まっていて、先輩があたしの顔を覗き込んでいた。これ以上、心配も迷惑もかける訳にはいかないって、あたしは必死に顔を上げて家までの道を歩き続けた。