桜色迷宮17
 美幸先輩の試合は午前中の最後だったのだけど、あたしは試合が終わるまで見ていることができなかった。一緒に来た友達に声をかけて、付き添いも大丈夫だからと断って、再び人込みを抜け出した。ちょっとふらつきながらもどうにか保健室まで辿りつく。こんなときだったから養護の先生はずっと保健室に張り付いていて、あたしの顔を見るとすぐにベッドに寝かせてくれた。
 何人か、怪我をしたらしい人が入ってきてパーテーションの向こうがざわついてはいたけれど、それでも少しはうとうとすることができたみたい。目覚めたときにはずいぶん気分が楽になっていた。
「目が覚めた?」
 とつぜん、思いがけないほど近くから声が聞こえて、あたしは驚いてしまった。でもあたしは少女マンガの主人公みたいにガバッと起きたりなんかできないから、ゆっくり目を開けると覗き込んでいる人の顔がぼんやりと見えた。
「……美幸先輩……? どうして……」
「君と一緒に来てた友達に訊いたらここだって教えてくれた。気分はどう? まだ寝ていた方がいいかな?」
 そうか、先輩の試合が終わったんだ。いきなり胸の中に不安が押し寄せてきて、ムリヤリ身体を起こそうとしながら先輩に訊いた。
「先輩、今、何時ですか?」
「今? お昼休みが始まって少し……12時半だね。そこに時計があった」
「……教室、帰ります」
「まだ起きられないんだろ? 無理しないでしばらく寝ていた方がいいよ」
「薬、飲まなきゃ」
 あたしの薬は、6時間ごとに1日4回飲むことになっている。毎日6時と12時に決めていて、でも2時間くらいまでなら遅れても大丈夫なんだ。先輩も気づいてくれたんだろう。起き上がろうとするあたしを押しとどめて、椅子から立ち上がりながら言った。
「教室のどこにあるの? かばんを取ってくればいい?」
 正直、先輩の申し出はすごくありがたかった。小さくすいませんと言うと、先輩は安心させるような笑顔を残して保健室を出て行った。