桜色迷宮15
「なにがちょうどいいんですか?」
「並んで歩くのが」
 その言葉の意味は、いくら鈍いあたしでも判った。だけど先輩がそんなことを言う理由が判らなくて、ちょっとうつむいたあと、言い訳のように小さく言った。
「あたし、背の大きい人って恐いです」
「僕も恐い?」
 もしかしたら先輩が気を悪くしたかもしれないと思って、あたしは上目遣いで先輩の表情を伺った。背が大きい人が怖いなんて、きっとほかの人にはあまり共感できない感覚だろうから。でも先輩の表情はさっきまでと変わらず笑顔で、あたしは安心して答えることができた。
「……ちょっとだけ」
「会長くらいの人なら恐くないのかな」
「会長は恐くないです。西村先輩も恐くないです。でも、熊野先輩と小池先輩は恐いです。特に小池先輩が1番恐いです」
「確かに身長は1番あるね。でも小池は知らないだろうな。あの長身のせいで一二三ちゃんにコワモテの熊野先輩より恐がられてるなんて」
「小池先輩には言わないでくださいね」
「いいよ。僕と一二三ちゃんの秘密だ」
 このとき先輩は初めて、あたしの頭に手を伸ばしてきて髪をなでた。あたしは驚いて顔を伏せたまましばらく上げることができなかった。こんなこと、小池先輩や熊野先輩ならしょっちゅうある。もっと乱暴にガシガシかき混ぜるようなこともあるし、その手に特別な意味なんてないこともあたしは知ってる。
 1年生のあたしは、言ってみれば先輩たちのおもちゃで、すぐにうつむいて赤くなるのが先輩たちには面白かったりするんだろう。それも1つの愛情表現だと思ってたからあたしは気にしていなかった。だけど美幸先輩のそれは、いつもの先輩たちとは少し違う気がしたんだ。
 あたしが黙ってしまったからだろう。美幸先輩はすぐに手を離してにっこり笑ったあと、あたしに次の仕事の指示を求めた。