桜色迷宮13
「どうしたの?」
「……あたし、嫌な子なんですか?」
「一二三ちゃんはいい子だよ。僕はまだ一二三ちゃんに会ったばかりだけど、いい子だっていうのはすぐ判ったよ。だって、桜見て泣いてくれる人なんて、今まで会った中でいなかったもの。僕は、こんなにかわいくていい子なんていないと思う」
 そう言って先輩は笑ってくれた。……なんか、すごく変な気がする。どうしてあたし、初めて会った人とこんな話をしてるんだろう。
「先輩あたしのこと良く知らないから。……買い被ってるだけです。あたし先輩が思っているほどいい子でもかわいくもないです」
「それじゃ、小池にでもきいてみることにしよう。お母さんも知ってるみたいだし、そんなに長いつきあいならね」
 あたしの戸惑いが伝わったのか、先輩はそう言って会話を終わらせると、気分を変えて立ち上がった。
「おなか空かない? 僕は久しぶりなんだ、出店見るの。ね、お好み焼き食べよ」
 やや強引に先輩に手を引かれて、あたしは先輩のあとについて出店を一通り回った。夏祭りとは違って食べ物と飲み物のお店しかないから、食べられる分だけ買ってしまえばそれ以上見るものもない。再び桜の木の下に座って、たわいない話をしながら先輩と一緒に買い集めたものを食べた。そうしてお腹を落ち着けたあと、あたしは持ってきたバッグの中からミネラルウォーターと薬の束を取り出して、制服のスカートの上に広げた。
「一二三ちゃん、それ……」
 初めて見た人はたいていその量に驚く。ごく普通に過ごしている分には、あたしはそんなにひどい病人には見えないから。
「これがあたしの命なんです。1回でも飲むのを忘れたら、それ以上生きるのは諦めるようにって、お医者様に脅かされてます」
 小さな粒を1つ1つ取り出してスカートの上に並べていく。数えたことはないけど、たぶん20個近くはあるだろう。粒のほかに粉薬もある。ぜんぶを取り出して一気に口の中に入れたあと、ミネラルウォーターで流し込んだ。先輩が驚いているのが判る。
「運動ができないのと、怪我をしちゃいけないのと、毎日薬を飲まなくちゃいけないだけですから。……気にしないでください」
 人前で薬を飲むことには慣れていたけれど、今後の先輩が今日と態度を変えてしまうような気がして、それが少しだけ残念に思えた。