桜色迷宮12
「どうしよう。ハンカチこんなに濡れちゃった。ちゃんと洗ってお返ししますので」
 ようやく現実的な話ができるようになっていた。先輩も安心したのだろう。ほんの少し怒ったような、困ったような表情をした。
「あのねぇ。僕はちゃんと、あげるからねって言っただろ? 返さなくていいよ」
「でもこんな、こんなかわいいサイ模様のハンカチなんて、きっと手に入れるの難しいんじゃないですか? あたしなんかがもらっちゃったりしたら……」
「一二三ちゃん、それ、口癖?」
「え?」
「あたしなんか、っていうの。さっきからそんな事ばっかり言ってる」
「自信がないから……」
「自信って、何に?」
「え? だって、一枝先輩みたいに明るくもかわいくもないし、朱音先輩みたいにしっかりしてないし。いっつもみそっかすで……なに言ってるんだろあたし」
「誰かにそう言われたの?」
 あたしは首を横に振った。
「かわいいって言われたことはある?」
「一枝先輩とかには……」
「だったら、一枝先輩にかわいいねって言われて、一二三ちゃんが、いいえかわいくありません、て言ったら、それは一枝ちゃんに失礼ってもんじゃないの。思うに一二三ちゃんは、ちょっと謙虚すぎるんだね。でも、謙虚なのはいいけど、謙虚すぎるのはまわりの人間にとって嫌味だよ。それは良くないところだからなおさないと」
 先輩はあくまでにこやかにそう言ったのだけど、あたしは先輩の思いがけない言葉に呆然としてしまっていた。