桜色迷宮11
 美幸先輩は、癖のない真っ黒な髪を額に被せていて、男の人には珍しいくらいの白い肌をしていた。頬から顎にかけての線は滑らかで、まだ大人の男の人になりきれていないような、どこか中性的な感じがする。着崩していない制服は先輩の身体にぴったりと合っていて、その姿勢のいい立ち姿にはいくぶん古風な印象があった。先輩の顔には日本人離れした彫りの深さも見えたのだけど、むしろこの人には和服が似合うかもしれないと思った。
 延々と続いていく桜迷宮。散り始めた白い桜の花びらのじゅうたんを踏みしめて立つ先輩に、あたしはなぜか切なさのようなものを感じていた。この人はきっと夜に属している。そう感じさせる何かがあって、あたしは先輩から目を離すことができずにいたんだ。
「一二三ちゃん、どうしたの……?」
 知らず知らずのうちに、あたしは涙を流していたみたい。いつの間にか先輩の顔が間近にあって、あたしは先輩に見とれていたことをごまかすように言葉を捜した。
「……あんまり綺麗で。……知らなかった。桜がこんなにきれいだなんて」
「一二三ちゃん!」
「あ、あの、大丈夫です。あたし、ふだんそんなに泣くことないんですけど、感動するとつい涙がでてきちゃうんです。すいません。困りますよねこんな子」
 そうしゃべっている間もなかなか現実に戻れなくて、あたしは嗚咽をこらえながら涙を流していた。恥ずかしいから早く止まってほしかったのに。
「熊と象とサイとパンダ、どれが好き?」
「……1番はサイです」
「それじゃ、サイ模様のハンカチをあげよう。これで顔をふいて」
「……すいません。お借りします」
 先輩にハンカチを借りて、ようやく涙が止まったのは、先輩に促されて桜の木の根元に腰掛けてしばらく経ったときだった。