桜色迷宮9
「 ―― 桜」
「……え? 何ですか?」
 先輩の言葉は唐突で、あたしは思わず振り返って聞き返してしまった。先輩と目が合って、真剣な表情で見返されてドキッとする。
「一二三ちゃん、桜を見にいこう。今日これから」
「ええ? だって、もう6時半で……。今度の土曜日か日曜日にでもみんなで行った方が……」
「それまで待ってたら桜が散っちゃうよ。なんたって明後日の天気予報は雨だ。今日行こう。なにか問題ある?」
「あ、あたし、お母さんがなんていうか」
「それじゃ、僕から話してみる。それでお母さんの許可が出たらいいんだよね。遅くならないうちにちゃんと送り届けるから」
「それでしたら。……そこの角曲がります。あの、青い屋根の家です。あたし、お母さん呼んできますから」
 うちのお母さんは心配性で、あたしが生徒会にいることにもあまりいい顔はしていなかった。中学のとき、初めて河合会長に誘われたときにも、お母さんはずっと反対していたんだ。たぶん純粋にあたしの身体が心配だったんだと思う。なにしろ公立の中学校は徒歩20分以上もかかるからって、わざわざ近くの私立中学を受験させてくれたくらいだったから。
 だからあたし、こんな時間に夜桜見物なんて、お母さんがぜったいに許してくれないだろうと思ってた。でも先輩と話して、なぜかあっさりとあたしの外出を許してくれたんだ。もちろん9時までには必ず送り届けるって条件付きだったけど。
 先輩のあとについて歩きながら、あたしは呆然としていたみたい。気づいて先輩が声をかけてきた。
「一二三ちゃん、どうしたの?」
「お母さん、先輩のこと気に入ったみたい。9時までに帰ってくればいいだなんて。……あたし、反対されると思ってたから」
「いいお母さんじゃない。一生懸命一二三ちゃんのこと心配してたよ。ひょっとして、一二三ちゃんは1人っ子かな」
「そうです。美幸先輩は?」
 本当に自然に、あたしは先輩をそう呼んでいて、気づいて自分で驚いてしまった。