桜色迷宮2
 始業の1時間前に登校して、教室へは行かずにまっすぐに生徒会室の扉を叩く。それが、今年めでたく高校に進学したあたしの、新しい日課になっていた。同じ学園内の高等部に舞台を移してまだ数日。でもあたしは既に、この高校の生徒会会計監査に任命されていたから。
「おはようございます」
「おはよう、一二三ちゃん」
 最初に挨拶を返してくれたのは、高校でも生徒会長をしている河合先輩だった。いつも陽気で責任感にあふれていて、身体はそれほど大きくないと思うけど、まわりを明るくする華を持った人だと思う。あたしは中学の頃からずっと河合先輩に憧れていて、高校に入ってからも先輩にいわれるままに会計監査の指名を受けたんだ。これからたった半年だけだったけど、先輩の傍で働けるのが嬉しかったから。
「昨日数学の宿題が出たんだって? やってある?」
「はい、たぶんやってあります」
「なに? たぶんて」
「あれだから。一二三ちゃん、教科書の問題だったら予習でだいたい解けちゃうもんね。教科書もらったら春休みの間に1学期分くらい予習しちゃうでしょ。ね?」
 そう言ってあたしに相槌を求めてきたのは、2年生で副会長の小池先輩だった。身長が高くてかっこよくて、加えて成績もいいから1年生の女子の間でも人気がある。あたしがあいまいな感じでうなずくと、あたしの顔を覗き込んだのは同じ2年生の一枝先輩だった。
「一二三ちゃんは純粋に数学が好きなのよきっと。だって、数字見てるときの一二三ちゃんて目付き違うもん」
 髪が長くて活発な雰囲気の一枝先輩は、あたしがそうなりたいと思う理想そのままだ。会計の一枝先輩は会計監査のあたしと1番かかわりが深くて、あたしが時々先輩たちにからかわれても無条件であたしの味方になってくれる、とてもありがたい先輩だった。
「オレは生徒会長として、生徒会役員の宿題は毎日チェックしてるんだよ、一二三ちゃん。さ、じたばたしないで英語の宿題を見せなさい。君は英語苦手なんだから」
 会長に言われて、あたしはあわてて英語の教科書を広げる。生徒会のみんなはあたしにとって、既にかけがえのない人たちになっていた。