白石の城・最終回
 僕に答えを恐れる気持ちがなかったとは言えない。由蔵が人間でいることを選んで、そのときベスが味わった絶望を想像することができるから。一二三は僕を恨んではいないと言った。だけどそれは、一二三が吸血鬼でいることを受け入れた結果にしか過ぎないから。
「……あのときを、想像するのは無理みたい。美幸先輩と出会って、それまでずっと長く生きられないだろうって言われてて、諦めていたはずなのにもっと生きていたいって思った。……あたしも美幸に訊きたかった。美幸は、どうしてあたしに告白したの? 美幸が17歳から成長しないのが判ってたのに、どうしてあたしに未来を見せたの?」
 ……ああ、そうか。僕は忘れていた。僕が本音を吐露すれば、一二三も本音で返してくるんだ、ってこと。生きている一二三は、僕に耳障りのいい甘い言葉だけをくれたりはしない。だからこそ僕はあえて彼女に触れることを恐れていたのだろう。
「……先のことなんか、考えている余裕はなかったよ。ただ君を手に入れたい、僕を好きになってもらいたいって、その想いだけで突っ走ってた。僕には君に未来を見せてあげる資格なんかなかったのにね。……どうしようもないくらいにわがままだったんだよ、僕は」
 じっと聞いていた一二三は、1度顔を伏せて、再び顔を上げたときには何かを納得したかのような晴れやかな表情を見せていた。いったい僕の言葉の何が彼女にそんな表情をさせるのかが判らなかった。むしろ僕に失望したような顔をしていてくれた方が理解できたのに。
「あのときのことを想像することはできないけど、今なら思うよ。たとえ吸血鬼に変わっても、美幸のそばにいられてよかった、って」
「……どうして?」
「判らなかった美幸のこと、知るのが嬉しいから。それがこんなに嬉しいことなんだって、美幸と一緒にいなかったら気づかなかった」
 僕も、一二三がいなかったら気づかなかっただろう。たった1人の人の笑顔を見ることがどれほど難しくて、かと思えば拍子抜けするほど簡単に見ることができて、それが僕にとってこれほどの喜びになるんだということを。

 人は人とかかわることで、他人を知り、自分を知る。人間たちと深く関わらずに過ごした長い日々よりも、僕にとっては一二三と過ごした6年間の方が、ずっと密度の濃いものだった気がする。人間たちが短い人生の中で多くの人と出会い別れていくのもきっと同じなのだろう。人間も、吸血鬼も、自分と大切な人のことを知りたいという想いは変わらないのかもしれない。
 どんな人間にも、大切にしたいと感じる人と出会う瞬間がある。人間の命にこだわる一二三の気持ちが少しだけ判ったような気がした。