桜色迷宮1
 中学生になって2ヶ月も経ってるのに、あたしはいつまでもクラスになじめずにいた。
 初めて受験して入った私立中学。小学校からの友達は1人もいなくて、まわりはみんな小学部からの内部生ばかりだった。もともと内気な性格で、身体が弱かったためにいつも体育を見学しているあたしは、きっとクラスのみんなからもどう扱えばいいのか判らない存在だったのだと思う。もちろん仲間はずれにされたり、いじめられるようなことはなかった。だけど親しいと呼べるような友達は1人もいなくて、あたしはいつも影の薄い、目立たない女の子だった。
 1学期の中間試験の結果が校内に貼り出されたその日までは。
「 ―― 数学の試験でトップだった人に会いたいんだけど」
 たぶんその人は、掲示板に書かれたあたしの名前を読むことができなかったのだろう。教室の入口からよく通る澄んだ声をかけてきたのは、校内の誰もがよく知っている人だった。
「河合生徒会長……?」
 教室のみんながざわめいて、やがてあたしに視線が集まっていった。それで確信したのか、河合会長はあたしの席までやってきて、その優しい表情でにっこり笑って言った。
「君が、えーと、ヒフミちゃん? そう読んでいいのかな?」
「……はい」
「女の子だったんだね。僕は現在中学部の生徒会長をやってる、3年1組の河合信弘です。実は君に折り入ってお願いがあってきました。僕の生徒会で、会計監査になってくれませんか?」
 このときあたしはほとんどパニック状態で、口ごもりながらもいろいろと理由を並べ立てて辞退したのだと思う。生徒会の役員なんて、たとえ会計監査といっても自信がなかったし、ましてあたしは病弱だったから。だけど先輩は諦めてくれなくて、あたしの家に来てお母さんにまで頭を下げてくれたんだ。そのとき先輩に言われた言葉が今でも頭に残っている。
「僕の生徒会には、一二三ちゃんが必要なんだよ」
 その日以来3年間、あたしはずっと河合先輩を、まるで神様のように思って尊敬していた。