白石の城28
「由蔵さんが断ったのはどうして? やはり人間の血を食料にすることに抵抗があったからか?」
『それもないとは言えませんが、私自身も孤独な人間でしたから、吸血鬼として人間と関わることへのこだわりはさほどありませんでした。むしろ私は、ジョルジュさんと関わるために、人間でいたかったのかもしれません。うまく言えませんが』
 確かに僕たち吸血鬼は、時として人間の力が必要だと感じる場面がある。僕が一二三を仲間にしたとき、柿沼たちに助けを求めたのは、柿沼夫妻の人間としての立場を必要としたからだ。だけどベスは人間としての由蔵以上に仲間としての由蔵を必要とした。そのことはベスがそう口にしたとき、由蔵にだって判ったはずなんだ。
 僕の沈黙を解釈したのだろう。しばらく経って、由蔵が言った。
『そういうところが、美幸さんはやっぱり高校生なんだな、と思います』
「……なにが? 僕のどういうところ?」
『生きている時間の長さは私と変わらないのでしょう。でも、美幸さんはずっと、17歳の少年として周囲に扱われてきました。美幸さんが普通の人間とは違った体験を多数してきたことは確かなのでしょうけれど、周囲に大人として扱われることで成長していく部分も、人間にはあるんですよ。……それも、私が人間として死ぬことを選んだことの1つの答えなのかもしれないです』
 本当は自分でもよく判っていないのですが、と由蔵は付け加えて、それ以上話すこともなく僕は電話を切った。その気配を感じたのか、今まで遠慮していたらしい一二三が戻ってきて僕を見上げる。気持ちを切り替えるように僕は一二三に微笑みかけた。
「ベスは大丈夫そうだったよ。ただ、本人はもう日本にいないみたいで、直接話せなかったのだけど」
「……美幸、なにかあった?」
 どうやら一二三は、僕のちょっとした表情の変化に気づいたらしい。大人ぶってごまかしてしまうこともできたのだろうけれど、今の僕にはその行為自体が子供じみたもののように思えて、彼女の洞察力に降参した。
「ねえ、一二三。……6年前、君を吸血鬼に変えたのは僕のわがままだ。僕はただ、君が死んでしまうのが嫌だった。もしもあの時、君に選択肢が与えられていたとしたら、君はどうした? どちらを選んだと思う? ……吸血鬼として生きることと、人間として死ぬことと」