白石の城27
 翌朝、僕が屋敷に電話をすると、由蔵から返ってきた返事は予想もしないものだった。
『 ―― 今朝早くにアメリカに旅立たれました。身体の方は心配ありませんので、お2人にもそう伝えてほしいとのことです』
 その時点で既にベスの携帯電話は通じなくなっていたから、ベスにはメールを入れたけれど返事が来るまでに丸1日くらいはかかるだろう。ベスは秘密主義というのか、話さないと決めたことはどんなアプローチをしてもぜったいに漏らさないようなところがある。この状態でベスに説明を求めるのはほぼ100パーセント不可能だった。彼がそのときだと判断するまで、早苗の次男に何が起こっているのか、僕たちが知ることはできないだろう。
 溜息を1つついて僕は諦めた。電話はまだつながっている。ふと、周囲に一二三の気配がないことを知って、僕は由蔵に尋ねたんだ。
「由蔵さん、1つ、突っ込んだ質問をしてもいいかな」
『はい、かまいませんよ。どういったことでしょう?』
「由蔵さんはずいぶん若い頃からベスと親交があったと聞いている。だったら、どうして吸血鬼になろうとしなかったんだ? 生涯結婚もしなかったのだし、人間でいる必要はなかったと思うのだけど」
 言い方が少しストレートすぎたかもしれない。電話の向こうで由蔵の沈黙があって、やがて穏やかな声が聞こえ始めた。
『そうですね、吸血鬼と呼ばれる人たちの中には、自ら望んでそうなるケースもあると聞いています。美幸さんの場合は知らない間に変化させられていたということでしたが』
「ああ。僕は自分を変化させた吸血鬼を知らないくらいでね。どういう状況でそうなったのか、自分ではまったく覚えていないんだ。もしかしたらベスなら知っているのかもしれないけれど」
『おそらくご存知でしょう。機会があれば話してくれると思いますよ。……私は1度だけ、ジョルジュさんに言われたことがあります。ちょうどジョルジュさんの外見と同じくらいの年齢のときでした。由蔵、吸血鬼にならないか、と。それ1度きりでしたが』
 そのときのベスの気持ちを、僕は想像することができる。吸血鬼は孤独だ。たとえベスに吸血鬼の仲間がいたとしても、人間の生き方がそれぞれ違うように、吸血鬼にも個性がある。数少ない吸血鬼という種族の中で、本当に心を通わせられる人に出会う確率はわずかだから。