白石の城26
 ベスの舌が、まるで焼けただれたかのように形と色を変えていた。そうとう痛みもあるようで、ベスの綺麗な眉が苦しみに歪んでいる。
「ベス!」
「大丈夫。身体の中にまで入れてないから。帰って由蔵に舌を切り取ってもらうよ」
「どういうことだ? たとえこの子が吸血鬼だったとしても、僕たちは仲間の吸血鬼の血を吸ってもそんなことにはならないだろ?」
 そう、僕たちは、仲間の血を吸うことならできるんだ。こんな風に舌がただれたりすることなんかありえないことを僕は知っている。
「今この状態で詳しく話す気にはなれないな。頼むから私を問い詰めないでくれる?」
 確かに、今のベスに説明を求めるのは酷だろう。僕は後始末をすべて引き受けて、先にベスを送り出した。一二三にも手伝ってもらいながら子供たちを部屋に運んで、長男と早苗の記憶処理をする。一通り作業を終えたところで僕は一二三に訊いてみた。
「一二三は食事を済ませてあるの?」
「うん、さっきベスに言われて一緒に済ませた。ベスは自分がこうなるって知ってたんだね。だから……」
 今までの経験上、食事前に種の回収をする方が効率がいいことが判っている。だから僕は回収前に食事をしないでいたんだ。一二三もきっと今夜は種を回収するつもりはなかったのだろう。一二三がとつぜん気を変えた理由も訊きたかったのだけど、僕は別のことを訊いた。
「次の種は? どこに気配を感じる?」
「それが……。さっきからずっと探ってるんだけど、35月目の種が見つからないの。34月目の種は北の方にあるのに」
「それはまずいね。宿主が死んだのならいいけれど、引っ越しでもしたのだとすると。通り魔の被害者が出てからじゃないと見つからないかもしれないな」
 僕たちと大河とは約3年のブランクがあるから、その間に宿主の現状が変わってしまうことがこれまでにもあった。実際、今日まで僕たちはすべての種を回収できた訳ではないんだ。その中には通り魔殺人犯として逮捕された宿主もいる。あと2ヶ月のうちに35月目の宿主が見つからなかったら、僕たちはその存在をテレビや新聞で知らされることになるだろう。
 とにかくまずは34月目の宿主を処理することが先決だ。一二三にそう告げると、僕は一二三を伴って早苗の家をあとにした。