白石の城25
 無性に誰かの血が吸いたかった。今、目の前に人間がいたら、僕は何も考えずにその人間に襲い掛かっていただろう。そのとき、子供の泣き声と足音が寝室に近づいてきて、僕とベスの視線はドアに集中した。間もなく扉が開いて、幼い子供を抱えた少年が姿を見せる。
「ママ、コーちゃんが泣いてるよ。……ママ……? ……あ、大河兄ちゃん」
 犠牲者が自分から飛び込んできてくれた。僕は少年を安心させようと微笑みながら近づいていったけれど、彼はそんな僕に異様な気配を感じたのだろう。1歩あとずさるような仕草をしたから、僕は膝を折ってまずは腕に抱えられた子供を優しく抱き上げた。
「どれ、コーちゃん、いったい何を泣いているのかな? 怖い夢でも見たのかな?」
 今まで沈黙していたベスが、横から手を伸ばして僕の腕から子供を引き継いでくれる。おそらくベスが子供を眠らせたのだろう。急に泣き声がやんで、少年も少し安心したような微笑を見せた。
「大河兄ちゃん、ママに会いに来てたの?」
「そうだよ。孝則君、えらかったね。コーちゃんが泣いてたらいつも孝則君がよしよししてあげるんだ」
「うん。でも今日はぜんぜん寝てくれなかったの。ぼく、どうしたらいいのか判らなくて。コーちゃん、いったいどうしたんだろう?」
「……そう、たぶん、ママに危険が迫ってるって、判ったんだろうね。……ママも、孝則君も、もう少し僕を警戒するべきだったよ」
 言われた言葉を少年が理解する前に、僕は彼の首筋に唇を寄せた。間もなく僕の身体が満たされてゆき、少年が力を失って崩れ落ちる。
 その頃には一二三も早苗の処置を終えていて、僕たちのところへ歩み寄ってきていた。振り返って見上げるとベスは子供を見つめている。
「ベス、その子をどうするの? 連れて帰るの?」
「いや」
 一二三の問いかけに短く答えたベスは、子供の首筋に取り付いて血を吸った。だけど、ほんの一瞬だけですぐに唇を離したんだ。ベスがほとんど子供を放り出すようにその場に崩れ落ちたから、僕は驚いてベスに手を伸ばした。
「……やっぱり、私の仮説どおりだ。この子供の血には毒がある」
 それだけ言うのもベスはつらそうで、聞き取りづらい言葉を言い終えた彼が開いた口の中を見て、僕は呆然としてしまった。