白石の城24
 遠くで子供の泣き声が聞こえる。寝室のドア近くにはベスが、まるで気配を悟られまいとするかのように静かにたたずんでいる。僕の身体にしがみついた早苗の震えが伝わってくる。そんな早苗の腕を、一二三が掴んでいた。
「早く美幸から離れて」
 満月期の一二三の力は普通の人間とは比べ物にならない。それでも多少の手加減はしたのだろう。早苗が小さく声を上げて、僕から手を離した。
「い、痛い! ……やめて、放して、お願い」
「種はあたしが回収する。美幸、それでいいよね」
「 ―― え……? ヨシユキ、って……?」
 早苗が更におびえた表情で僕を見上げた。僕と一二三を見比べるようにして、ようやく早苗はそれが僕のことだと理解したようだった。
「ごめんね、早苗さん、今まで騙していて。僕はあなたが知っている大河じゃないんだ」
 そう言ってベッドから降りると、早苗は絶望的な表情をして言葉を失った。それ以上早苗には何も言わず、一二三に続ける。
「いいよ一二三。君が嫌でないのなら、その方が効率的だから」
 僕の言葉にうなずき返した一二三は、早苗を抱きしめながら頤を上げさせて口付けた。
 過去に何度か、一二三が種を回収するところは見たことがあって、そのたびに僕は相手の男への嫉妬を必死で押し隠していなければならなかった。今までと違うのは相手が女性だってことだけだ。いったいどう表現したらいいのだろう。身体の、腹部の奥に何か重いものが存在している感じ。僕は2人の女性がベッドの上でキスしている姿に、嫉妬とは似て非なる何かを感じていた。
 早苗は同世代の女性の中でも比較的整った容姿をしているらしく、彼女の血管にまみれた顔が見えない僕の位置からだと、まるで倒錯した官能映画のワンシーンのように美しく見えた。この2人の間に割って入ることなど僕には許されていない。拒絶されたことへのかすかな苛立ちと、そう感じている自分への驚きに支配されて、僕は呆然と見ていることしかできなかった。
 この苛立ちを言葉にして一二三にぶつけることはできないだろう。何をどう苛立っているのか、自分でもよく判っていないのだから。