白石の城22
 そして満月の夜、僕はひとりでその家を訪ねた。一二三とベスはあとから合流する予定だ。前回と同じくだいたい8時ごろに呼び鈴を鳴らすと、僕の顔を見た早苗はすぐに家へと入れてくれた。
「大河ー! うれしい、きてくれたんだ。あたしもう大河が2度ときてくれないかと思ってたよー」
 言いながら僕の腕に絡み付いてリビングへと誘導する。前のときもそうだったのだけど、この家の子供は8時には既に寝付いていた。長男は小学校4年生だと聞いたから、いまどきの子供にしてはずいぶんと早い就寝だと思う。
「なんで? オレ、もう来ないなんて言ってないはずだぜ」
「だあって、こないだきてくれたときにもあたし、いつの間にか子供と一緒に眠っちゃってたじゃない。大河があきれちゃったと思ったの」
 そう言って媚びるような甘えるような仕草で頭を胸に預けてくる。そのあとギリギリ色っぽいと言っていい上目遣いで見つめられて、実のところかなり辟易した。だけど顔には出さないようにあくまで笑顔のままで接する。
「早苗さんがあんまり気持ちよさそうに眠ってたからさ、起こすのも悪いような気がして。だからって下手に書き置きなんかしたらダンナに見つかったとき言い訳できないだろ?」
「やあだあ、思い出させないでよ、ダンナのことなんか。それに、あたしのことは早苗って呼んで、って、そう言ったでしょぉ?」
 ある一定の年齢を境に、日本人の話し言葉は変わったと思う。なんていうか、蓮っ葉になったというか、品がなくなったというか。今でも40歳よりも上の年齢ならもう少し落ち着いた話し方をする人が多いのだけど、早苗はまるでそれが若さを象徴しているのだとでもいうかのように、学生と同じような子供っぽいしゃべり方をした。
 それは僕にとってはあまり肌になじまないしゃべり方なのだが、大河を演じるときにはあえて同じような口調で話すことにしている。5年前の大河の一人称は「僕」だった。それがたとえ3年前にも「僕」だったとして、今「オレ」に変わっていたとしても、相手は自然な変化として受け止めるだろう。
「そうだった。……早苗、会えてうれしい」
 リビングのソファに並んで腰掛けて、早苗は僕の胸をまさぐりながら「あたしもよ、大河」と答えた。