白石の城19
 屋敷に2晩世話になって、翌朝僕たちは由蔵に見送られて帰路についた。研究対象を見つけたベスが地下から出てこないのはいつものことだ。血液検査の結果については、あとでメールで送ってくれることになっている。
 僕たちがアパートに辿りついたのは午後になってからだった。吸血鬼は全般的に暑さに弱い。帰ると同時にクーラーをかけて、扇風機を全力で回した。それでも耐えられなかった僕は一二三に断って水のシャワーを浴びたあと、ようやく落ち着いてユニットバスを出ると、部屋の中も程よく涼しくなっていた。
 入れ替わりで一二三がシャワーに行き、独りになると僕はまた考えてしまう。人間と関わるということについて。もう、30年近く前になるだろうか。柿沼と友達になったとき、僕はいったい何をどう考えていたのだろう。
 そう、僕の方から正体をばらしたんだ。満月の夜に偶然理恵子と会って、彼女を助けたいと思った。あの頃、僕には何も守るものがなかった。僕が人間を殺しても何も感じなくなったのは、一二三と出会ってからのことだ。
「 ―― 美幸」
 風呂場から出てきた一二三が、僕の顔を覗き込んで声をかけてきた。気づいて笑顔を向ける。
「美幸、どうしたの?」
「どう? 別にどうもしないよ」
「……なんか、今日はずっと変だから。美幸が変だとあたし……」
「気になる? ごめんね。ちょっと考え事をしているだけだから、心配は要らないよ」
 僕がそう言うと、一二三はそれ以上話を蒸し返したりはしなかった。
「美幸、お願いがあるの」
「なんだろう、一二三が僕にお願いなんて。僕でできることなら何でもするよ」
「……教科書、貸してほしいの。2年生の数学の」
 よほど言い出しづらかったのだろう。一二三は顔を真っ赤に染めて、すっかりうつむいてしまっている。