白石の城18
 実際のところ、ベスが言ったことが僕の苛立ちの原因の1つであることに間違いはなかった。僕は人間と関わりながら年月を重ねて、やがて人間を「吸血鬼の食料」という位置に置いた。吸血鬼というものを1つの生物の種類として認識していたからだ。だけど、吸血鬼が「別の生物に寄生された人間」だとするとまた話は変わってくる。それは僕の結論を根底から覆すほどのものだったのだ。
 食事をしながらそんなことをぼんやりと考えていたとき、不意に由蔵が言った。
「美幸さんには、話しておかなければなりませんね。……私は、柿沼さん夫妻を養子にしようと思っています」
 柿沼というのは、僕の古い友人で、僕たちの身体についてもよく知っている人物だった。一二三を変化させた6年前、僕は一二三を手に入れるために、柿沼たちの助力を必要としたんだ。そのときに2人は由蔵とも知り合っている。そのあと両者の間でどんな交流が行われたのかは知らなかったけれど、こうして由蔵が僕たちに発表するということは、既に彼らとの話は済んでいるのだろう。
「養子に? いったいどうして」
「美幸さんには実感がないかもしれませんが、79歳というのは自分の死を準備する年齢なんですよ。ご存知の通り、私には子供がおりませんからね。今後この屋敷を管理したり、美幸さんたちのお手伝いをする人間が必要になります。柿沼さんたちはまだお若いですから、すぐにここへ移り住んで、ということは無理でしょうが、私の死後に時折ここへ通っていただくことへの了承は得ました。夫婦養子という形で、この城の権利と、私のささやかな財産を相続していただきます」
 見ると、ベスは静かに食事を続けていて、口を挟む気配はなかった。由蔵は僕の友人でもあるけれど、もともとはベスの友人だ。ベスは彼を仲間にしようと1度も考えなかったのだろうか。そして由蔵は、ベスによって永遠の命を得たいと本気で考えたことはないのだろうか。
「……お互いにそう決めたのなら、僕には何も言うことはないよ。柿沼たちは信頼できる人間だから」
「ありがとうございます。これで私も、のちに憂いを残さずに旅立つことができます」
 もう1つ、僕は発見した。僕の苛立ちの原因のもう1つは、ベスが描いた臓器の絵によって自分の死を見せつけられたことだ。
 由蔵の言うとおり、僕には自分がいずれ死を迎えるという実感がない。だけど僕だって死ぬこともあるんだ。誰かが僕の心臓に杭を突き立てたら、僕の身体の細胞はどろどろに崩れて、死体さえ残さずに消えてしまうことだろう。