白石の城17
 もちろん僕だって、昨日ベスに言われるまで自分の身体の仕組みになど興味はなかったのだ。
「それじゃ、どうしてあの臓器のことをベスは知ったんだ?」
「これは一二三には言わないでほしいんだけどね。……2年前だっけ? 君たちと大河のことで話したあと、私なりにいろいろ調べてみたんだ。200年ほど前に同じ事例があって、種を回収する方法については知識だけはあったのだけど、直接私が関わった訳ではないからやはり詳しくは知らなくてね。人間の死体の入手先に心当たりがあったから、何体か人体実験をしてみたんだ」
 ベスの表情はあまり見せない沈んだ色をしていた。たとえそうじゃなかったとしても、僕も一二三にはなにも話せないと思った。
「心停止後、だいたい1時間以内であれば、私たちは死体を吸血鬼としてよみがえらせることができる。吸血鬼の生殖体液を注入したあとおよそ90分後に3つの器官の組成が始まって、全身が吸血鬼化されるのに丸1日くらいかかったよ。私は死体の胸を切開した状態で観察したんだけどね、すぐに傷がふさがってしまって、しかも麻酔もなにも効かないから大変だった。最後には3人がかりで押さえつけて例の器官を無理矢理切り取ったよ」
 ……元は、人間の死体だ。どういういきさつで死んだのかは知らないが、ベスが関わらなかったとしてもそれ以上生きることのできない人間だった。その死体をベスは吸血鬼に変えて、生き返ったあと殺した。これは果たしてなんだろう。人間が人間を殺すのと同じく、吸血鬼が吸血鬼を殺したということではないのだろうか。
 僕は少しナーバスになっているのかもしれない。それは、昨日ベスに「寄生生物」と言われたときに揺らいだものだ。
「 ―― で、美幸は自分が別の生物に寄生されている人間だという新たな認識を得て、人間とのかかわりについて自分が出した結論がもしかしたら間違いだったかもしれないとでも思っているのかな?」
 考え込んでいた僕はベスの言葉に驚いて顔を上げた。
「その顔は図星だね。……美幸、2つ以上の矛盾する事象に出会ったとき、そのうちのどれかを否定するのはよくないよ。私たち研究者なら、そのどれもが証明できる新たな数式を探し出す。なにも結論を急ぐことはないんだ。君も、一二三も」
 まるで何もかもを見抜いているようなベスの言葉に、僕は一言も反論することができなかった。