白石の城16
「ベス」
 僕が声をかけて、かばんの中から採取した血液と毛髪をテーブルの上に移すと、気づいたベスは振り返った。
「ああ、ありがとう。すぐに分析してみるからね。由蔵に夕食ができたら呼ぶように伝えてくれる?」
「判った。……ベス、昨日の話なんだけど」
 今日、電車を乗り継いでいる間、僕にはずっと引っかかっていたことがあった。正確には昨日の夜からだ。あの、ベスが僕の身体に描いた3つの臓器。それが寄生生物のようだと言われたときから、僕は自分でも理解できない苛立ちを覚えていたのだ。
 ところが、僕の声が届いた瞬間、ベスは笑顔で立ち上がって僕を抱きしめたんだ。
「そうか美幸! やっとその気になってくれたんだね! 私はうれしいよ!」
 まさかそんな反応が返ってくるとは思っていなかった。僕たちは満月期の3日間以外、ほとんど性欲は感じない。いや、ほとんどというより皆無だと言った方がいい。ベスだって僕と同じ身体を持っているはずだ。
「そっちじゃない! ベス、いいかげん僕をからかうのはやめてくれ。僕は見かけどおりの子供じゃないんだ」
「なにを言ってるんだ。私に言わせればたかが100年も生きていない吸血鬼なんて子供も同じだよ。見かけがどうであろうと関係ないね」
「判った、判ったから。頼むよ、腕を放してくれ。これでは話もできない」
 そうしてようやくベスを引き離し、隣に椅子を引いてきて落ち着くと、ニヤニヤしたままのベスが言った。
「で? 昨日の話って? 一二三のことか?」
「いや。……吸血鬼の臓器が寄生生物だと言っていただろう? その話をもう少し詳しく聞きたくて」
「そうか。でも、詳しくといわれても、私にもあれ以上のことは判らないんだ。知っての通り、吸血鬼は死んでも死体が残る訳じゃないからね。例の器官が破壊されて死に至ると細胞がバラバラに溶けてしまうから解剖ができない。怪我は自動的に完治するし、そもそも病気にもならないし、その方面では私たちはずいぶん後れていると思うよ」
 確かに、人間のように怪我や病気で悩まされることがなければ、あえて自分たちの身体の中を覗いてみようなどとは思わないだろう。