白石の城15
 翌日の土曜日、僕は再び電車を乗り継いで、3人目の宿主太田早苗の家を訪ねた。早苗の夫は月に1度、週末に帰ってくるようだけれど、先週帰ってきたばかりということで運はいい。だけど次の満月は土曜日だ。早苗にもそれとなく話しておくべきだろう。
 僕はてきとうなことを言いながら家に上がり、迫られないうちにと早々に早苗と子供たちを眠らせて採血したあと、ベスに言われたとおり髪の毛の採取を済ませた。それから取って返して屋敷へ戻る頃は既に夕方というよりも夜に近い。迎えがなかったので勝手に入っていくと、厨房の方から一二三の声が聞こえた。
「 ―― こんな感じでいいの?」
「そうです。一二三さん、以前よりも手つきがさまになってきましたね」
「このところ自分で作ることが多くなってきたから。でも由蔵さんにはぜんぜんかなわないよ」
「私は独り暮らしが長いですからね。それにジョルジュさんが食事にうるさい人なので、少し鍛えられたところもあります」
 一二三の声が、僕と2人きりでいるときよりもずいぶん明るい気がした。もちろんそのまま立ち聞きしているつもりはなかったから、軽く壁を叩いて姿を見せると、振り返った2人のうち由蔵が笑顔を見せ、一二三が笑顔を消した。
「お帰りなさい、美幸さん」
「ただいま。ベスは?」
「地下室においでです。お帰りになられたら地下にきてほしいとことづかってます」
「そう。それじゃ行ってくる。……一二三、夕食、楽しみにしてるよ」
「……うん」
 僕はいつものように一二三に笑顔を向けたけれど、うつむいた一二三が笑顔を返してくれることはない。もう、どのくらいこんなことを繰り返しているだろう。由蔵になら見せられる笑顔が、どうして僕には見せられないのだろう。
 この城の地下にはベスの研究施設がある。僕が立ち入ることはめったにないけれど、おそらく普段は由蔵が整えているのだろう。僕には訳の判らない機械類が並べられた部屋の中央部にある作業台の前に座って、ベスはノートパソコンを扱っていた。