白石の城13
 ベスは僕を脇に立たせて、そのあと僕の背後でスーツケースを開けて何かを取り出す気配がした。戻ってきたベスは一二三に向かって説明を再開する。
「一二三、よく見ておいて。私たちには人間にはない3つの器官がある。だいたい心臓の近くのこのあたりだ」
 言いながら、ベスは僕の身体にサインペンを走らせたのだ。首のあたりから延びる線と、心臓の上あたりに大きさの違う袋のようなものを3つ描く。あまりの非常識さに一瞬言葉が出なかった。
「あ、あのなあ! なんで僕の身体にそんなものを描くんだよ!」
「描いた方が判りやすいからだよ。ここへホワイトボードを持ってくるのは由蔵では体力的につらいし、かといってそれがある部屋まで移動するのも時間の無駄だろう? 美幸の肌は白くて滑らかだから描きやすいし。それに大丈夫。これ、水性ペンだからシャワーで落ちるよ」
 そう言って僕の胸をぺろっと舐める。確かに線の一部は消えていたけれど、それよりも僕は背筋がぞわっとして気持ちが悪かった。
「いいから動かない。おとなしくしていればすぐに終わるから。で、この1番大きな器官は舌に直結していて、人間から吸い取った血液をためて消化する器官だ。2つ目の胃袋だね。そのすぐ隣にある小さいのは人間を仲間に変える体液を貯蔵しておく器官で、言ってみれば生殖器のようなものだ。一二三が大河を変化させたときにはこの器官に異常があったのだろうと推測される。最後の1つは、私たちの身体の機能をつかさどる。ここが壊れると私たちは死ぬ。伝説で吸血鬼の心臓に杭を打ち込むというのは、実はこの器官を破壊するためなんだ。逆に、この器官さえ無事なら私たちの身体は再生する。たとえ心臓が止まっても、脳が破壊されても、ちゃんと生き返るって訳だ」
 それは僕でも初めて聞く話だった。ベスが必要に応じて身体に線を描き入れるのはくすぐったくもあったのだけど、それ以上に僕はベスの話に引き込まれていた。
「こうして見ると、吸血鬼というのはある種の寄生生物が人間に取り付いている状態だとも言えるだろうね。もちろんだからといってこの器官だけを切除しても私たちが人間に戻ることはできないのだけど。で、これらの器官は独自の酵素やたんぱく質を体内に放出しているから、私が血液検査をすれば簡単に発見できるんだ。だから美幸、早苗と子供たち2人の血液サンプルを取ってきてくれる?」
 そう言って、ベスはスーツケースの中から採血用の試験管を3本取り出した。