白石の城10
「……背中から睨み殺されそうだから、私は由蔵を手伝ってくるね。夕食を運んでくるから、それまでに落ち着いて。ね?」
 一二三がうなずいたのを確認したのだろう、振り返ったベスは、かなり冷たい目をして僕を睨み返してきた。この程度の冗談で泣いてしまうほど一二三を追い詰めたのは僕だ。ベスの視線に僕が感じたものは、実際にベスが言いたかったことと大差はないだろう。
「例の件、仲間内にもそれとなく当たってみるよ。それじゃ、一二三のことは頼むね。よく謝っておいて」
 顔の表情を大幅に裏切る優しい声色でそう告げたあと、ベスは部屋を出て行った。こういうところはまったくかなわないと思う。僕ではなく彼が恋人だったら、一二三もこんなに追い詰められることはなかったはずだ。
 うつむいたまま涙を止められずにいる一二三に、僕は近づいていった。食卓の椅子を引いてきて、声をかけて一二三を座らせる。おそらく僕の前ではずっと我慢してきたのだろう。僕ひとりでは彼女が泣くきっかけさえ与えてやれなかった。
「ごめんね、美幸。……ごめんなさい」
「どうして謝るの? ベスだって言ってただろう? 君は少しも悪くない。悪いのは僕たちをからかおうとしたベスの方だよ」
 ベスの言葉尻に乗って責任を押し付けておく。この程度のことは、ベスならきっと許してくれるだろう。
「ごめんなさい。あたし……笑えなくて……」
「……一二三?」
「美幸が笑いかけてくれるのに、あたしからは笑えなくて。こんな、泣くことしかできなくて。……自分でも、こんな自分は嫌いなの。だから、美幸があたしのことを嫌いになったって ―― 」
「嫌いになんかならないよ。だって、どうして僕が一二三を嫌いになるの? 僕は一二三のことが好きだって、昨日もそう言ったでしょ?」
 こんなに、こんなにかわいくて、愛しくて、ただベスが抱き寄せただけで胸が熱くなるくらい好きなのに。
 たかが人間を助けるためにと一二三がほかの男とキスするたび、僕は胸が焼け付くような嫉妬を感じる。世界中の人間を殺し尽くしてしまいたくなる。一二三に触れた瞬間に理性が飛びそうで、だからキスさえできずにいた。