白石の城9
「はい、どうぞ」
 僕が口を挟む暇もなく、ベスの返事に扉を開けたのは一二三だった。一二三が僕たちの姿を見て固まったのが判る。
「一二三、違う、これは ―― 」
「悪いんだけど一二三、今夜は私に美幸を貸してもらえるかな? なにしろ昨日は急な呼び出しで、確保しておいた女の子と何もできなかったものだから。大丈夫、一晩だけで明日にはちゃんと君に返せるよ。もちろん大切に扱うし」
「嘘だ一二三! 頼むから助けてくれ。僕には男とベッドでどうこうする趣味なんかないんだ」
 一二三は少しの間僕とベスとを交互に見て、ふっと息をついた。
「うん、美幸も昨日は家にいたし。確か先月もそれどころじゃなかったし。……あたし、何もしてあげられないから」
 一二三はこの手のことをこんなにはっきり口に出せる子じゃない。一瞬意外に思って、今日がまだ満月期なのだと気づいた。一二三が本音を言うことができるのは満月をはさんだたった3日間だけだ。やはり一二三は、僕が未だ彼女に何もしていないことを気にしている。
「本当にいいの? 嬉しいなあ。私は前から1度この手で美幸を酔わせてみたかったんだ」
「美幸は綺麗だよ。それに、色っぽいと思う。結城先生のときは気持ち悪いとか言ってたけど、相手がベスだったらきっと美幸だって……」
 不意に僕を拘束する腕が緩んで、僕はベスに放り出された。僕を放り出したベスはまっすぐに一二三に駆け寄っていく。そのとき、一二三が口元をゆがめて、一筋ずつ涙を流したのがちらっと見えた。すぐにベスの身体にさえぎられて見えなくなったから、一瞬だけ。
「ごめん一二三! 君を泣かせるつもりじゃなかった。ただほんのちょっと美幸をからかっていただけなんだ。もちろん美幸は同意なんかしてないよ。誰より君のことを1番大切に思ってる」
 言いながらベスが一二三のことを抱き寄せたから、その瞬間に僕の胸が熱くなる。きっと僕も満月期の影響を受けているのだろう。普段なら許せる行動にいちいち身体が反応する。
「……ごめんなさい、あたし。冗談なのに、泣いたりして」
「君が謝ることじゃないよ。すべて私が悪いんだ。実際ここまで煮詰まってるとは思ってなくて」