白石の城3
 満月の夜が明けて僕が目覚めたとき、一二三が部屋の小さなテーブルで鉛筆を動かしているのが見えた。起き上がって覗き込むと、彼女の前には数学の問題集が広げてある。確か数日前に本屋で買ってきたという大学受験用の問題集だ。もしかしたら一二三は一晩中眠れずにいたのかもしれない。
「おはよう、一二三」
「……おはよう」
 僕たち吸血鬼は本来夜行性なのかもしれないが、人間にまぎれて暮らすために夜は一応眠ることにしている。暗くすると目が冴えてしまうため、部屋の蛍光灯は一晩中つけたままにするのが常だ。
「一二三は本当に数学が好きなんだね。でも3年生の勉強まですることはないよ。君は1年生なんだから、1年生の勉強だけすればいい」
「……うん、判ってる。ちょっと眠れなかっただけだから」
「もしかして、僕が祥吾を殺したこと、まだ怒ってる?」
 一二三はうつむいたまま無言でかぶりを振った。それは嘘ではないだろう。一二三にも判っているのだ。あの時の僕にはそうするしかなかったことを。だけど頭で理解できたとしてもそれを割り切れるかどうかはまったく別の問題だ。
 朝食後、僕は一二三に昨日あの場所へ現われることになった経緯を話した。
「 ―― それまで何度か宿主の姿は確認していたんだ。だけど、子供を見たのは昨日が初めてだった。もっと早く確認しておけばよかったよ。でも、そのおかげで君を助けることができたから、僕としては満足しているけど」
「……子供? 確かその女性には2人の子供がいるって」
「ああ。1人目の男の子は10歳になるんだけど、この子は普通だった。問題なのは2歳の男の子の方だ。……顔にね、僕たちと同じ、吸血鬼の特徴がある」
 僕たち吸血鬼は人間を捕食する。そのための進化なのだろう、僕たちの顔は、人間が美しいと感じる特徴を持っているんだ。僕も一二三も、吸血鬼に変化したあとは同じ特徴を持つ顔に変わった。もっとも僕は人間でいたときの自分の顔など既に忘れてしまっていたけれど。