白石の城2
 僕が成長しない吸血鬼という存在に変わってから、おおよそ60年くらいは経っているのではないかと思う。それ以前、自分が人間として過ごした17年間については、必死に思い出そうとしても浮かんでくるのは断片的な出来事ばかりだ。ただ、ひどい時代だったことは覚えている。家族を失って焼け野原をさまよい歩いていた僕は、いつも孤独で、空腹だった。
 時を止めた僕は吸血鬼として戦後の平和教育を受けてきた。人間の命は尊いと。平和というものがどれほど貴重かということを。だけど、どうして僕がそれを実感できただろう。周りの風景は時とともにどんどん変わっていく。それなのに、僕はずっと17歳のまま、人間の営みを見ていることしかできなかったのだ。
 人間は、次々に生まれて、生きて、死んでいく。僕という存在は、そんな流れからは完全に逸脱している。もちろん僕は学校に通うこともあったし、人間のクラスメイトと交流することもあった。だけど成長する彼らが時の流れの中で生きているのと違って、僕は完全に時に置き去りにされた存在だった。将来のための勉強など役に立たない。なぜなら僕には将来などやってこないのだから。同級生には政治家になったり、学者になったり、あるいはお笑い芸人になったりしたものもいたけれど、成長しない僕は彼らと昔を懐かしむこともできない。
 いつしか僕は割り切るようになった。人間とは食料で、僕の前を素通りしていくだけの存在だと。ごくまれに、僕の正体を知って、それでも変わらずに友情を結ぼうとする人間もいる。だけど人間の多くは僕にとって特別なものになどなりえない。彼らはたった数十年で死んでしまう存在なのだから。
  ―― あたしはやっぱり、自分が助けられる人間は助けたいよ。助けられるのが判ってるのに、やめたりできない ――
 一二三は戦後の平和教育を人間として受けてきた。人間1人1人の命は地球より重いのだという、僕に言わせればこれほど実情と合わないものはない言葉を未だに信じている。一二三にはまだ経験が足りないのだと思う。もっと長く吸血鬼として生きれば、たった1人の人間の命を救うことがどれほど無意味なことか判るだろう。この日本には1億人を超える人間がいるんだ。たかが数百人、数千人を失ったって、僕たちが餓えることはないのだから。
 だが、そうと割り切っていたはずの僕は、過去に自分が矛盾する行動を取っていたことも覚えている。6年前、一二三に人間としての死が近づいたあのとき、僕はどうあっても彼女を吸血鬼としてよみがえらせずにはいられなかったのだ。