幻の恋人21
「祥吾……」
「なん……! 信じらんねぇ! どうしておまえがこんな野郎とキスなんかしてんだよ! おまえ、オレの恋人じゃねえのかよ! ……ハッ、とんだあばずれ女じゃねえか。こんな女を大事にしようとしてたなんてな。ばかばかしくて反吐が出らあ!」
 祥吾が顔中の血管を膨れ上がらせて悪態をついていた。あたしは何も反論できなかったけど、心の中は意外に冷静だった。祥吾がどうしてここにいるのか、それは判らない。だけど今のあたしの姿を見てしまった祥吾とこのあとキスするのは、少なくとも今夜は諦めなければならないかもしれない、って。
 そのとき、いろいろなことがほとんど同時に起こった。
 あたしのうしろにいる広田。彼の処置は途中で、おそらく今まで集めた種もすべて体内に戻ってしまっていた。その広田がぞっとするような気配を放って、あたしは思わず背後を振り返った。見上げた広田の目の色が変わっている。既に37月目を迎えていた種が活動を始めてしまったんだ。
 すぐに種を取り出さなければ大変なことになる。そう思って彼の首に抱きつこうとしたとき、祥吾が動いた。どこから取り出したのか判らないナイフを右手に握っていて、あたしの名前を叫んで走り込んできたその目も種の狂気に支配されていて ――
「サエーー!!」
 36月目の祥吾の種が活動を始めるはずなんかなかった。だから混乱したあたしは広田に抱きついたまま祥吾を見ていることしかできなかった。祥吾のナイフはまっすくにあたしをめがけて迫ってくる。痛みを覚悟したそのとき、祥吾の身体が横からの強い力で吹き飛んで、そのまま壁に激突したんだ。
 あたしと祥吾との間に割り込んだその人は背中しか見えなかったけど、あたしにはそれが美幸だって判った。瞬きする間もなく美幸は倒れた祥吾に駆け寄って、ナイフを奪い取ると祥吾の身体に突き刺したんだ! 何度も!
「……美幸! どうして ―― 」
 やがて声に振り返った美幸は祥吾の返り血にまみれていて、その目はあたしが1度も見たことがないほどの怒りに支配されていた。