幻の恋人18
 アパートに戻って、先に帰っていた美幸に訊かれて、あたしは祥吾とのデートを簡単に話した。
「 ―― キス、されて、真剣だって言われて。だから当日のことは、祥吾の家に泊まるようなニュアンスで話した。……あたしから電話して、駅で待ち合わせることになってるから」
 あたしは怖くて、美幸の顔を見ていることができなかった。キスのことで怒られるのが怖いんじゃない。美幸が少しも気にしてくれなかったらと思うと、それが怖かったから。
「そう」
 その声だけでは、美幸がどう思ったのか、判断することはできなかった。
「それで、一二三は祥吾のことが好きなの?」
 うつむいたままあたしはかぶりを振った。そのあと美幸がため息をついたのが判った。どうしてなんだろう、なぜかすごく胸が苦しい。
「君がつらそうな顔をしているから。いったいなにがつらいのか、僕になにをしてほしいのか、話してくれないか? 僕にできることがあるならなんでもするよ。僕は一二三のためならなんでもする」
 それならあたしを怒ってよ。ほかの男とキスなんかするな、って、あたしを叱って。同じ家に暮らしているのに、ずっと同じ部屋にいるのに、美幸はあたしに触れない。美幸にとってあたしがどういう存在なのか、今のままじゃ少しも判らないよ。
「……それとも、一二三は僕を恨んでいる? 君を、こんな身体にしてしまった僕のことを ―― 」
 視線を上げられなかったけど、あたしは思いっきり首を振って否定した。そんなこと、今のあたしは少しも思ってない。6年前、現実を受け入れる前のあたしは、美幸にすべての苛立ちをぶつけていた。美幸は今でもあたしに恨まれていると思っているの……?
「違う、から。美幸のことは、そんな風に思ってない。……ただ、あたしは、嘘をつくのが嫌なだけだから。あたしを信じてくれる人を、これ以上だましたくない」
「一二三が嫌ならもうやめよう。種の回収なんて、いつやめてもいいんだよ。また2人であの屋敷で暮らそう。なにもかも忘れて」
 そう言ってくれるのは美幸の優しさだ。でもそんなことはできない。今のあたしには、うつむいたまま首を振ることしかできなかった。