幻の恋人16
 ほとんど抵抗らしい抵抗はできなかった。でも結果はそれでよかったんだと思う。サエはきっと祥吾とのキスを嫌がったりはしないはずだから。祥吾にキスされた瞬間、あたしの頭の中に美幸の顔が浮かんでこなかったら、これほどまでに嫌だと思うことはなかっただろう。
 キスなんて、毎月のようにしてる。時には同じ日に2人の宿主とキスすることだってある。だけど、その1日以外のあたしは美幸のためにいたい。たとえ美幸があたしに触れる日が1日もなくても。
「サエ、……嫌だったか?」
 思わずうつむいてしまったあたしに祥吾がぼそりと訊く。しっかりしなくちゃ。あたしはまだサエなんだから。
「祥吾、あたし。……もしかして、祥吾に遊ばれてる?」
 顔を上げると、祥吾が驚いたような表情をしているのが判った。
「あたしのこと、手軽な遊び相手だと思ってる? 簡単にキスとかできる女だって」
「……バカかおまえ。遊ぶつもりなら初日にヤッてそれで終わってるさ。ぜんぜんそんなんじゃねえよ。オレ、今本気でサエと付き合いたいと思ってる」
「……」
「マジ、こんなに大事にしたいと思ったことなんて、オレ今まで1度もねえんだよ。そりゃあ、今までのオレの行いなんて褒められたモンじゃねえし、すぐには信じられないかもしれねえ。だけど信じてくれ。オレ、サエのことは本気なんだ」
 必死で訴えかける祥吾を見ているあたしの心の中は冷めていた。初めて美幸に告白されたときのような、心のときめきなんかぜんぜん感じなかった。こんなに深入りするつもりなんかなかったのに。でも、4日後に迫った満月の夜に祥吾とキスするためには、今ここでサエが祥吾を振るなんてことはできない。
「……だって、あたしなんか、ほんとにつまんない女の子で。祥吾とじゃ、ぜんぜんつりあわなくて」
「それ、逆の意味で言ってんじゃねえよな? ……だったら決まりだ。今日からサエはオレのカノジョで、オレがサエのカレシだから」
 そう言って笑顔を見せたあと不意に視線をはずした祥吾を見て、あたしは祥吾が意外に緊張していたことに気づいた。